ららら科學の子

矢作俊彦は、前に大友克洋との「気分はもう戦争」を読んだだけで、ちゃんとした小説を読むのは今回が初めて。

学生運動華やかりし60年代、中国の文化大革命を見物(?)しに行った青年が30年ぶりに21世紀の日本に帰ってくると….というお話。でも、主人公が御高齢のためか、「気分はもう戦争」みたいなノリではなく、結構マジな作品でした。

“夢の21世紀”に対する軽い失望感みたいなものは、既に多くの作品のテーマとして取りあげられているわけで、特に新鮮味はない。実際、20世紀と21世紀の間には100年の差なんかなくて、2000年の12月31日の次の日が21世紀だった訳だから、21世紀に過大な期待を込めていた方が悪いとあきらめるしかない。

しかし、この作品の主人公にとっては、20世紀の日本と21世紀の日本との間に30年間のギャップがある訳で、そんな主人公の目をとおして語られる物語は、年寄りのノスタルジーみたいなものもあるのだろうが、彼よりほぼ一回り年下の俺にとってもとても面白かった。作中にちりばめられた当時の小説や映画の断片は今の若い人にはちょっと元ネタがわからないかもしれないけど。(まあ、その気になれば今でも手に入るものが多いだろう。)

主人公は50台後半のオヤジであり、特にケンカが強い訳でもないのだが、そこは矢作作品の主人公だけに、ちょっとハードボイルドでそこはかとなくカッコイイ。そんな主人公を中心に、物語は現代の日本と30年前の日本、中国が交差するように進んでいくのだが、特に30年前の主人公とその妹とのふれあいを描いたシーンは、とても切なくて泣けてくる。

それなのにその妹との再会は電話一本だけ。主人公の旧友にしても電話だけの登場で本当はどこにいるのか判らないままだし、中国に発つまでの主人公を知っている人はほとんど生身の人間として出てこない。
そんなこともあって、主人公の「30年間の断絶」は結局埋まらずじまい。やっぱり、それを埋めることができるのは、中国で生きてきたという現実しかないのだろう。主人公の最後の行動を見て、北朝鮮から帰ってきた拉致被害者の方々のことを想ってしまいました。