神の火

高村薫の初期長編作品。

主人公はソヴィエトの元スパイということで、本書はそんな主人公の1990年の夏から冬までの間における行動を丹念に描いている。今回は文庫本で読んだ訳であるが、単行本の初版が出たのは1991年8月ということで、正にソヴィエト連邦の崩壊(1991年12月)直前に執筆されていたことになる。

スパイといっても、主人公は原発関係の技術者として情報を横流ししていただけであり、政治的な取引には直接関わらない末端の工作員。順調に行けばゆくゆくはモスクワ辺り(又は社会主義革命の成功した日本?)でそれなりの老後を送れたのかもしれないのだが、1980年代後半から始まったペレストロイカの影響でソ連KGB)という後ろ盾を失ってしまい、今は大阪で無為な日々を送っているという設定。

そんな彼が、ある日、チェルノブイリ原発の事故(1986年4月)で被爆したロシア人青年と知り合いになり、彼の遺志を継ぐような形で原発テロを計画するというストーリーなのだが、そういった全貌の見えてくるのは、実に物語の3分の2以上が過ぎてから。まあ、こういった大胆な(?)構成は、この作者ならではのことなんだろうが、俺が本書を読了するのに相当の期間を要したことと決して無縁ではない。

ということで、原子力発電所の安全性という問題が本書のベースの一つになっている訳であるが、この問題に対する国民の無関心さ&鈍感さについてはどう評価すべきなんだろう。少なくとも、他に有望なエネルギーが無いからという消去法のみによって肯定されるべき問題ではないと思います。