ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ

ジョン・ル・カレが1974年に発表したスパイ小説の傑作。

以前、DVDで拝見した「裏切りのサーカス(2011年)」の原作であり、映画ではよく理解できなかった点を確認するためにいつか読んでみようと思っていたのだが、それからはや6年。映画のストーリーは“複雑だが、なかなか面白かった”こと以外ほとんど覚えておらず、おかげで新鮮な気持で本作を読むことが出来た。

さて、ネタバレのストーリーを時系列的に並べていくと、
1 サーカスの有力メンバーであるビル・ヘイドンがソ連情報部の大物カーラの誘いに乗って二重スパイ(=通称“もぐら”)になる。

2 もぐらの存在を疑い始めたサーカスのチーフであるコントロール。その地位を脅かすため、彼の地位を狙っていたパーシー・アレリンに“マーリン”の名前を使ってソ連の秘密情報(=ウィッチクラフト情報と呼ばれるが、勿論、ソ連にとって致命的なものは含まれていない。)を提供し、それによってサーカス内におけるパーシーの評価が高まる。

3 コントロールはもぐらの容疑者をパーシー(ティンカー)、ビル(テイラー)、ロイ・ブランド(ソルジャー)、トビー・エスタヘイス(プアマン)そしてジョージ・スマイリー(ベガーマン)の5人に絞り込むが、そんなところへあるチェコ軍の将官(=暗号名テスティファイ)から“もぐらの正体を知っている”という話が舞い込んでくる。

4 焦ったコントロールは独断でテスティファイ作戦を決行し、チェコの国内事情に詳しいジム・プリドー(=バイセクシャルらしいビルの恋人?)を現地に派遣する。しかし、それはカーラの仕組んだ罠であり、窮地に追いこまれたジムは背中を撃たれてソ連側に捕獲されてしまう(=チェコ事件)。

5 テスティファイ作戦失敗の責任を取らされたコントロールはチーフの座をパーシーに譲り渡し、間もなく病死。コントロールの息がかかっていると判断されたスマイリーもサーカスを追われ、ピーター・ギラムはスカルプハンターのチーフに降格されてしまう。

6 スカルプハンターの一人であるリッキー・ターが、香港に来ているソ連の下級通商代表団のメンバーであるイリーナからカーラの手下であるポリャコフ(=ロンドンのソ連大使館職員で)に関する情報を入手。彼女を国外退避させるためにサーカス本部に連絡するが、その直後、彼女はソ連に強制送還されてしまう。

7 ターから一連の事情を聴取したギラムは、内閣官房で情報部のお目付役であるオリヴァー・レイコンに報告。かつてはコントロールの話を信用しなかった彼も、サーカス内の情報がソ連側に筒抜けとあってはもぐらの存在を疑わざるを得なくなり、今は組織を離れているスマイリーに調査を依頼する。

8 スマイリーは、ギラムを使って盗み出させたサーカスの内部資料や、かつてサーカスの職員だった人物(=元“調査の女王”ことコニー・サックスや、ソ連側から解放されたジム・プリドー等)から聴取した当時の事情等を分析し、じわじわともぐらの正体に迫っていく。

9 スマイリーは、ターを利用してもぐらがポリャコフに会いに行かなければならない情況を作り出し、トビーから聞き出したポリャコフの隠れ家でもぐらを待ち伏せ。勿論、やってきたのはビル・ヘイドンだった。

ということになるのだが、実際に本書の物語が始まっているのは上記7の時点からであり、1~6までは主人公であるジョージ・スマイリーの調査により明らかになった“過去”の事実として記述されている。そのため、映画でジョン・ハートが演じていたコントロールは物語が始まった時点で既に死亡しており、リアルタイムでは一度も出てこない。

見ているときには“複雑”と思った映画の脚本であるが、この原作を読んでしまうと“この内容を良く128分に収めたなあ”という驚きの方が大きく、おそらくもう一度見直したら6年前とはまた違った感動を得られると思うのだが、う~ん、その頃には原作の内容をスッカリ忘れているんだろうなあ。

ちなみに、本作には2作の続編が存在するらしいのだが、そちらも読んでみるかはただいま思案中。正直、期待していたような“意外な結末”は無かったが、「カーラは決して完全耐火性ではない。なぜなら、彼は狂信者だからだ。いつかそのうち、もしもわたしに出番があるなら、彼のその節度の欠如が命取りになるはずだ」というスマイリーの言葉は気になるところであり、それが現実のものになる場面を見てみたいような気もする。

ということで、6年前のブログを読み返してみたところ、大きな勘違いはしていなかったようなのでホッと一安心。ただし、サーカス内の人間関係を甘く見過ぎていたのは俺の大きな誤りであり、本書によれば、スパイの世界というのは学歴差別や女性蔑視が横行する旧態依然とした鼻持ちならない階級社会のようです。