キリスト教の創造 ―容認された偽造文書―

バート・D.アーマンという新約聖書・原始キリスト教史の研究者が2011年に発表した本。

新約聖書の歴史的な成立ちについては、以前、加藤隆の「『新約聖書』の誕生」で勉強したのだが、本書はその裏に隠された“偽書”の存在にスポットライトを当てた著作であり、「実はペトロの名を冠した二つの書、すなわち『ペトロの手紙』一、二が新約聖書に収められている。どちらもペトロの作とされているが、彼が作者でないとする揺るがしがたい根拠がある」といった衝撃的(?)なエピソードがぎっしり詰め込まれている。

ここで著者が偽書と呼んでいるのは「別人(著名人)が書いたかのように見せかけている文書」のことであり、例えば「ほとんどの黙示録は、過去の有名な宗教家の名を借りたスーデピグラフィー(=著名人の名を騙った)」であるとのこと。初期キリスト教社会においては、「ユダヤ教徒や異教徒との衝突」に勝利するため、そして「キリスト教教会の頭痛の種だった内部闘争」に生き残るための手段として「文書を偽造するという戦法」が盛んに行われたらしい。

その結果、「新約聖書には、パウロが書いたとされる13通もの書簡が編入されており、実に新約聖書の半分近くを占めている。だが、そのうち6通は、おそらくパウロの作ではない」という異常事態を招来してしまった訳であるが、「驚くほど多くの学者が、聖書には偽書が収められているかもしれないが、それらの偽書は、誰かを欺くために作成されたわけでは決してないと主張している」。

彼らは、「神の精霊から霊感を受けたから…」、「有名な先達の思想を継承しているから…」、「作者として名前が記されている本人が、自分とは文体が違う秘書に書かせたから…」といった様々な理屈をつけて偽書の存在を擁護しようとするのだが、「それを裏づける十分な証拠は、古代資料を隅から隅まで読んでも見当たらない」し、「古代でも、偽造活動に従事した人間は、読者を欺く目的で嘘をついていると厳しく糾弾されていた」というのが著者の主張。

一方、四つの福音書に関しては、「作者として名前を冠された人物が、自分の著作と嘘をついているわけではない。後世の読者が勝手に名前をつけたのだ。つまり偽造ではなく、他人の名目を借用しただけである」として偽書には当たらないとしているのだが、「歴史的事実につき語っていると言われる多くの物語を、新約聖書のなかに見出せるが、しかし実際は作り話が多い」のは否定できない。

例えば、「アウグストゥス帝の時代には、ヨセフとマリアをイエスが生まれる前に、ベツレヘムに行かせるような人口調査は行われなかった。また東方の賢人をイエスのところに赴かせるべく導いた不思議な星も出ていなかった。ベツレヘムのすべての男の子を殺すよう、ヘロデ大王が命じたという事実もなかった。イエスとその家族が数年間エジプトで暮らしたという事実もなかった」。

また、「『ヨハネ』に載っている有名な姦通女の話…『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい』。この話は、最も古い写本には出てこない。…この話自体はすばらしく、力強く、また多大の影響力を持ちうるものではあるが、あとから写字生によって付け加えられたという点に関しては、新約聖書の研究者のなかでは異論はない」という話にはちょっと吃驚。

まあ、最終の第8章では「親が子供に自分の信仰について教える場合、実際には信じていなくても、神は存在すると話して聞かせることに問題はないかもしれない…真実を伝えるよりも偽の情報を流すに足る大切な目的のためなら」と述べてはいるのだが、それがウォーターゲート事件モリカケ問題を許容するような“美しい嘘”に繋がりかねないのも事実であり、「恐らく突き詰めれば真実は嘘に勝るのだ」というのが著者の結論と言って良いだろう。

ちなみに、本書で一番印象に残ったのは「初期キリスト教の持つすばらしさの一つは、あまたの教師や集団の主張が、千差万別であることだ」という文章であり、そんな多様性を「使徒の『権威』による裏づけ」を悪用して原理主義化してしまったのが最大の問題。その結果、「イエスの教えのうえに築かれた宗教ほど、争いへの傾向が甚だしい宗教は、人類史上他に例を見ない。イエスは、言葉通り、本当に剣をもたらしたのだ」ということになった訳だが、これって明治政府による“国家神道の創造”と同じことなんだろう。

ということで、テーマ的にはちょっとスキャンダラスな雰囲気が漂っているものの、内容はいたって真面目であり、そのうち同じ著者の「捏造された聖書」も読んでみようと思う。なお、上記以外にも勉強になるエピソード等が沢山紹介されているので、備忘録的にそれらのいくつかを以下に記録しておこうと思います。

1 古代宗教は、絶対的な何かを信じるよう、人びとに強制しなかった。宗教とは、すなわち正しい手順にのっとって儀式を執り行うことだった。…現代宗教と古代宗教のいま一つの重要な違いは、古代の多神教が来世について大して関心がなかったことである。こうした多神教はもっぱら現世に目を向けていた。

2 黙示録(この言葉は「明らかにする」とか「明かす」という意味のギリシャ語に由来する)は、命に限りのある人びとがこの地上で起こる出来事の意味を理解する助けとなるよう、天国の真実を解き明かした文書だ。

3 パウロ…は、キリストの死と復活を信じることこそ、神の前で義となる唯一の道だと説いた。さらに、イエスの信徒になるにはユダヤ教徒である必要はなく、ユダヤ教徒も異教徒も等しく救済されるとした。…律法を遵守することは、見当違いより質が悪い。なぜならキリストの死が救済には不十分だと考えていることになるからだ。

4 四大福音書によれば、この使徒の本名はシメオン(=一般的にはシモン)である。イエスは、ペトロが教会の礎となる岩(ギリシャ語のpetros)になるだろうという意味を込めてこのように命名した。だから、ペトロは自分自身を「Rocky」(!)あるいはペトロと呼んだ。

5 ユダヤの律法を人びとに与えた神は、律法を破り罪を犯した人びとを救った神たりえない、というのがマルキオンにとっては当然の帰結だった。要するに、旧約聖書の神は、イエス使徒パウロの神ではないのだ。文字通り二体の神がいるのである。…イエスの神は旧約聖書の神ではなく、したがって世界の創造主ではない…

6 前の時代に生きていたイエス同様、パウロは自分たちが終末期に生きていると確信していた。イエスの復活は、世界の終焉がすでに始まっており、死者の復活が目前に迫っている兆しだった。…もしイエスがすぐに―たとえば今月中に―戻ってくると考えているなら、教会を組織化するための階級制度や指導者は大して必要ない。

7 イエスの信者にとって、旧約聖書はイエスの「再」来という強烈な状況だけでなく、彼の「最初」の出現に関わる重要な出来事も予言しているはずだった。そのためキリスト教徒は旧約聖書をひっくり返して、イエスの誕生、人生、死及び復活に言及していると解釈するのに都合のいい文言を、目を皿のようにして探した。…ところが、ほとんどのユダヤ教徒は納得しなかった。というのも、実際にはこれらのくだりはメシアのことを言っているわけではないからだ。

8 この言葉(=マタイによる福音書の「その血の責任は、我々と子孫にある」という台詞)を口にすることで、ユダヤ人の群衆は、イエスを殺す罪を背負うだけでなく、彼らの子孫もその罪を受け継ぐことを表明したのだ。何世紀もの間、ユダヤ教徒と敵対するキリスト教は、イエスの死の責任がユダヤ人にあると糾弾し、その報復として彼らに恐ろしい暴力行為を振るう口実に、この台詞を利用した。

9 ローマ帝国におけるキリスト教…は…厳密に言えば、他の宗教同様、全く禁じられていなかった。(しかし)共同体に紛れ込んでいる集団が正しい崇拝を拒み、神々など存在せず、彼らが邪悪な悪霊だと言い張ったり、最低限の公の礼拝方法を怠ったりしているなら、共同体を襲った災害を招いた張本人はこの集団だという疑惑が生じる。キリスト教教会はまさにそのような集団だった。

10 この浅はかな創造主が旧約聖書の神、すなわちユダヤの神である。したがって、私たちが住む物質世界は善い場所ではなく、牢獄なのだ。…救済の目的は…創造主…の魔の手から逃れることだ。…抜け出すための知識(=gnosis)…を授けるために神の領域から降臨したのがキリストである。したがって…彼は血肉を備えた存在ではなかった。…これがグノーシス派の世界観、キリストの在り方だ。キリストの死はたいした問題ではない。

11 4つの福音書命名された由来は次のとおり。
マタイによる福音書:最もユダヤ的な内容であるため、ユダヤ人であるマタイの名が冠せられた。
マルコによる福音書:ペトロの視点から書かれているため、ペトロの右腕として知られるマルコの名が冠せられた。
ルカによる福音書パウロの視点から書かれているため、同じ人物によって書かれたとされる「使徒言行録」の作者であり、パウロの仲間でもあった非ユダヤ人のルカの名が冠せられた。
ヨハネによる福音書:愛すべき弟子によって書かれたとされるため、イエスに最も近しい弟子の一人であるヨハネの名が冠せられた。

博士と彼女のセオリー

2014年
監督 ジェームズ・マーシュ 出演 エディ・レッドメインフェリシティ・ジョーンズ
(あらすじ)
名門ケンブリッジ大学の大学院で理論物理学を研究していたスティーヴン・ホーキングエディ・レッドメイン)は、パーティで知り合った文学部の学生ジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)と恋に落ちる。その後、彼はALSを発症し、医師から余命2年と宣告されてしまうが、ジェーンは周囲の反対に怯むことなくスティーヴンとの結婚を選択。2年後には長男ロバートも生まれるのだが…


エディ・レッドメインアカデミー賞主演男優賞に輝いたスティーヴン・ホーキングの伝記映画。

ホーキングといえばブラックホールは外せないということで、本作中にも彼がホーキング放射の存在を発表するシーンなんかが出てくるのだが、メインテーマになるのは理論物理学ではなく、彼とその妻ジェーンとの夫婦関係の方。正直、前者を期待していた人(=俺を含む。)には相当物足りないが、まあ、ホーキングの人となりを知ることも決して無駄ことではないだろう。

さて、余命2年のつもりで結婚したら、20年以上経ってもまだまだ(いろんな意味で)お盛んなんだから、まあ、お互い“こんなハズでは”と戸惑う事情も少なからずあったハズ。当然、予想されるのは妻の浮気だろうが、博士もなかなかのものであり、随意筋は衰えてもあちらの方は別の仕組みでしっかり機能しているらしい。

結局、結婚26年目にして二人は離婚してしまうのだが、その原因が博士の新しい恋人エレインの登場にあるのか、または博士が妻の恋人ジョナサンに遠慮したせいなのかは明確にされておらず、どちらも悪者になっていないところが脚本の上手いところ。エンドクレジットを注意して見ていたら、奥さんのジェーンの書いた手記がベースになっていたんだね。

主演のエディ・レッドメインが演じるホーキング博士は本物そっくりであり、ALSの進行によって体の自由が利かなくなっていく様子を見事に再現している。一方のフェリシティ・ジョーンズも、初々しい女子大学生から倦怠期の中年女性まで器用に演じ分けており、この二人の自然な演技が本作の一番の見所になっている。

ということで、エディ・レッドメインが本作でアカデミー賞主演男優賞を獲ったときには少々早過ぎるのではないかと思ったが、その後もファンタスティック・ビースト・シリーズなど多彩な活躍を見せてくれており、将来がとても楽しみ。やや伸び悩みが見られるフェリシティ・ジョーンズにも頑張ってもらいたいところです。

とことんUSJ(第2日目)

今日は、朝からUSJで遊び、夕方の新幹線で帰宅する予定。

JTBで予約した特典として一般の開園時刻(=予定では午前8時30分)よりも早く入園できるアーリー・パークインという制度があるのだが、本日指定された時刻は7時15分。おそらく一般の開園時刻も少し早まるのだろうが、まあ、せっかくの特典を利用しない手はないので、さっさと朝食を済ませて専用ゲートに向かう。その本日の特記事項は次のとおり。

1 最初に向かったのは前回と同じ「ザ・フライング・ダイナソー」。ジェットコースター嫌いの我が家でも好評なアトラクションだが、さすがに迫力は満点であり、前回よりもずっと怖かった。その後、「ミニオン・ハチャメチャ・アイス」~「ジョーズ」と回ってから初体験の「ユニバーサル・ワンダーランド」エリアを覗いてみると、まだ子供の姿はほとんど見当たらず、その間隙を縫って「スヌーピーのグレート・レース」を楽しませて頂いた。

2 そうこうしているうちに、エクスプレス・パス利用の「ミニオン・ハチャメチャ・ライド」の時刻が近づいてきたのでミニオン・パークへ移動。いきなり「デリシャス・ミー!フォトオボチュニティ」に捕まって家族写真を撮られたのは予定外の出費(?)だが、ライドの仕掛けは昔の「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」とほぼ同じ。しかし、映像技術の進歩には目覚ましいものがあり、間違いなくミニオンズの世界を満喫することが出来る。

3 その後、「ミニオン・クール・ファッションショー」でびしょ濡れ(という程では無いが)になってから、いよいよお待ちかねの「シング・オン・ツアー」を鑑賞。一番手のジョニーは歌もダンスもバッチリ決まっていたが、逆にグンターのダンスにキレが見られないのはちょっと面白い。全体的に新しい演出が見られなかったのが残念だった。

4 俺がホテルに忘れものを取りに行った後、「ロストワールド・レストラン」に入って大休憩。ちょうどお昼時ということでレストランはどこも長い行列が出来ていたが、妻に頑張ってもらって何とか席を確保することが出来た。やや疲れの見えていた娘もすっかり元気を取り戻してくれたみたい。

5 その後、最後の力を振り絞って「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」~「マイ・フレンド・ダイナソー」~「ミニオン・ハチャメチャ・ワールド」~「ザ・フォービドゥン・ジャーニー」~「フライト・オブ・ザ・ヒッポグリフ」と回るとそろそろ帰りの時刻が近づいてきたので、最後は娘のリクエストにお応えして「マレヴォ・デ・アルゼンチーナ」を鑑賞。

6 実は、今日は昔娘に買ってもらった“屋敷しもべ妖精のドビー”のTシャツを着ていったのだが、これがパークのキャストさんたちからイジられること頻り。当然、好意的なコメントばかりなのでそう悪い気はしないが、第二候補だったミッキーマウスのアロハシャツを着ていっていたら一体どんなことになっていただろう。

ということで、帰りがけにホテルに預けておいた荷物を回収してから無事帰宅。USJも5回目にしてようやく余裕を持って回れるようになったという印象であり、今回、エクスプレス・パスに付いていた「アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド」と「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド」はともにパス。次回以降もエンタメ系重視の傾向はさらに強まる見込みです。

とことんUSJ(第1日目)

今日は、妻&娘と一緒に大阪にあるユニバーサル・スタジオ・ジャパンに出発する日。

少し前のことになるが、映画の「SING/シング(2016年)」をベースにした舞台「シング・オン・ツアー」がUSJで上演されるというニュースを耳にして3年ぶり、5回目のUSJ行を決定。しかし、それを含んだ「エクスプレス・パス」は大人気のために入手困難であり、ようやく夏休み真っ最中の8月11日付けのパスを手に入れて、いざUSJへ。

さて、今回の日程は一泊二日であり、夜のパレードを楽しむために初めて1.5デイ・スタジオ・パスを購入。入園できるのは午後3時以降であり、それまで道頓堀で「とんぼりリバークルーズ」を楽しんだり、「元祖串かつ だるま道頓堀店」の串かつを頬張ったりしてから今夜の宿であるホテル京阪ユニバーサル・タワーにチェックイン。その後向かったUSJ初日の特記事項は次のとおり。

1 JTBで予約した特典の一つとしてハリポエリアへの入場整理券が付いていたので、早速そちらに向かってみたが、特に入場制限は行われておらず、整理券を出すまでもなく楽々入場。ライド系は明日のエクスプレス・パスに付いているので、「ワンド・スタディ」や「トライウィザード・スピリット・ラリー」といった演し物をのんびり楽しんだ。

2 その後もライド系は明日に回し、「パワー・オブ・ポップ~リミックス~」~「イースト・ミーツ・ウエスト・カルテット」~「ユニバーサル・モンスター・ライブ・ロックンロール・ショー」(=とても涼しいので夏場の休憩に最高!)といったエンタメ系を中心に見て回る。ディズニーとは違い、内容はほとんど大人向けなので、どれもこれも見応えは十分!

3 前回来たときには未完成だったミニオン・パークはとても賑やかなエリアであり、「バナナ・カバナ」や「スペース・キラー」といったゲームに妻&娘が挑戦するも、いずれも敗退。ミニオンばかりを取り揃えたショップには魅力的なグッズが満載であり、入店する度につい何か購入してしまうのが困りもの。

4 そうこうしているうちに段々暗くなってきたので、有料の特別鑑賞エリアに移動して「ユニバーサル・スペクタクル・ナイトパレード~ベスト・オブ・ハリウッド~」を鑑賞。ハリー・ポッター、トランス・フォーマー、ジュラシック・ワールドミニオンズといった4つのテーマごとに本格的なプロジェクションマッピングとフロートを楽しむことが出来、とても面白かった。

5 しかし、それ以上に感動的だったのは、再びハリポエリアに移動して鑑賞した「ホグワーツ・マジカル・セレブレーション」であり、暗闇の中に聳えるホグワーツ城は昼間見るのとは段違いのとても重厚で神秘的な雰囲気。ショーが始まるとその壁面にグリフィンドールをはじめとする4つの寮の紋章が次々に映し出されるのだが、その幻想的な美しさは圧倒的であり、う~ん、もう少し長時間見ていたかったなあ。

6 昼間は長い行列が出来ていた「ゴジラエヴァンゲリオン・ザ・リアル4-D」に退園前に立ち寄ってみたところ、行列に並ぶことなく楽々鑑賞。使徒の襲来によって東京が首都機能を喪失し、代わりに大阪が首都になるという設定は、少々大阪維新の会に媚びすぎのような気もするが、正直、内容は平凡であり、炎天下で1時間以上も並んでみるような作品ではないと思う。

ということで、ライド系は一つも利用しなかったが、見たかったエンタメ系の演し物は全て見ることが出来たので大満足。ホテルに戻り、部屋のTVで「ミニオンズ(2015年)」の映画を見ていると次第に眠くなってきたので、明日の再会を約束して早々にベットにもぐり込みました。

ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ

2018年
監督 ステファノ・ソッリマ 出演 ベニチオ・デル・トロジョシュ・ブローリン
(あらすじ)
国内で自爆テロが続発し、犯人はメキシコの麻薬カルテルの助けによって不法入国した可能性が高いと判断した米政府は、当該カルテルをテロ支援組織に認定し、CIAのマット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)にその殲滅を指示する。彼は、組織の内部抗争を引き起こすため、かつての相棒アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)等と一緒にカルテルのボスの娘を誘拐し、それを別のグループの仕業に見せかけようとするが…


とっても怖かった「ボーダーライン(2015年)」の続編。

前作を見てから半年弱、ようやく“テイラー・シェリダン・ロス”の渇望が“嘆きの検察官の恐怖”を上回るようになったため、続編にチャレンジ。当然、前作の終盤で主役の座をアレハンドロに奪われてしまったFBI捜査官のケイトは全く姿を見せず、最初から“人殺しOK”の違法ミッションが全力で繰り広げられる。

といっても、監督がドゥニ・ビルヌーブから変更になっているせいか、前作の胃をキリキリさせられるような緊張感はやや抑えられており、ちょっぴり余裕を持ってストーリーの妙味を味わうことが出来るのは(個人的には)とても有り難い。

さて、前作でも“主役の切替え”という大胆な仕掛けに腰を抜かされたところだが、本作にもそれに負けないくらいの急展開が終盤に用意されており、それは麻薬カルテル殲滅を指示した政府の方針転換。どうやら、後日、自爆テロと麻薬カルテルは無関係だったことが判明したらしく、政府は“証拠隠滅”のために誘拐した少女と彼女を保護しているアレハンドロの抹殺をマットに命令する。

前作では、FBI捜査官ケイトの遵法意識がアレハンドロやマットの執念の前に脆くも崩れ落ちていく様が描かれていたのだが、そんな彼らの執念でさえ、権力者の保身=権力欲の前では力を失ってしまう。おそらくそれは“大量破壊兵器”のデマを信じてイラク戦争を戦った米国民のトラウマへの挑戦なのかもしれない。

ということで、本作のストーリーは完結しておらず、米政府と対立することになってしまったアレハンドロの行動は次回作で描かれる予定。自分の本当の敵はホワイトハウスに居ることを知ってしまった嘆きの検察官が、この後いったいどんな決断を下すのか、今のうちから見るのがとても楽しみです。

アメリカ交響楽

1945年
監督 アーヴィング・ラパー 出演 ロバート・アルダ、ジョーン・レスリー
(あらすじ)
ある日、決して裕福とはいえないガーシュウィン家に一台のピアノが届けられ、日頃、行きつけの店の自動ピアノで遊んでいたジョージ(ロバート・アルダ)はいとも簡単にそれを弾きこなしてみせる。その後、フランク教授の指導によりショージのピアノの腕前はメキメキ上達するが、彼が本当に興味を持っていたのは作曲であり、アル・ジョルスンに提供した“スワニー”の大ヒットで一躍注目を浴びることに…


アメリカを代表する作曲家ジョージ・ガーシュウィンの伝記映画。

ガーシュウィンが生まれたのは1898年9月26日であり、1899年生まれのフレッド・アステアとは何と1つしか歳が違わない。しかし、わずか38歳で早世しているため、亡くなったのは1937年7月11日のことであり、その8年後に本作が公開されたことになる。

そのため、彼の友人だったというオスカー・レヴァントは勿論のこと、“スワニー”を歌うアル・ジョルスンや“ラプソディ・イン・ブルー”の初演を指揮するポール・ホワイトマンなどがいずれも本人役で出演しているのがとても面白く、彼らが実際に動いている姿を拝めるだけでも、本作には一見の価値があるだろう。

正直、ストーリーは単調であり、ガーシュウィンが大作曲家への階段を足早に駆け上っていく様子と、その過程で出会った二人の女性との恋愛話が描かれているだけ。その二つの恋はいずれも実を結ぶことなく破れてしまうのだが、見ていてその原因が良く分からないところが不満であり、ひょっとすると彼の性格上の欠点を描くのを遠慮してしまったのかもしれないね。

ちなみに個人的に面白かったのは、ガーシュインと黒人音楽との関係であり、欧州におけるクラシック音楽の伝統に対抗するために彼が取り入れたのは、ブルースやジャズといった黒人をルーツに持つ音楽。しかし、そんな彼の曲を歌っているのは、米国では顔を黒塗りにした白人男性であるのに対し、フランスでは知的な黒人女性(ヘイゼル・スコット)であり、う~ん、当時の米国民はこのシーンをどんな気持で見ていたのだろう。

ということで、学校の音楽の教科書に載っていた“ラプソディ・イン・ブルー”と、ジュディ・ガーランドの歌う“I Got Rhythm”とが頭の中で繋がらず、ずっと困っていたのだが、本作を見てようやく納得がいったような気がする。ところで、今の教科書にはいったいどんな音楽家の名前が載っているのでしょうか。

那須岳を歩いて暑熱順化

今日は、妻と一緒に夏真っ盛りの那須岳を歩いてきた。

ようやく梅雨が明けたということで、いよいよ本格的な夏山シーズンの幕開け。県外遠征も考えたが、その前にしっかり暑熱順化をしておいた方が良いだろうと思い、目的地を那須の三本槍岳に定めたところ、少々油断をして寝過ごしてしまったようであり、峠の茶屋駐車場に着いたときには目標の午前6時を30分ほど過ぎていた。

実は、ここ数日、県内では激しい雷雨が続いており、スマホに入れてある「登山天気」による本日の発雷予測も午後に入ると急速に悪化するらしい。5年前の記録では妻の三本槍岳までの所要時間は片道3時間であり、山歩きを午前中に終了するためには6時出発が望ましかったのだが、もはや如何ともしがたく、身支度を整えて6時40分に駐車場を後にする。

さて、熱中症にならないようにのんびり歩いて7時28分に峰の茶屋に着く。あまり風がないためシャツは汗でビショビショだが、まあ、大汗をかくことが今日の目的であり、10分くらい休んでから再出発。足下のシラネニンジンを愛でながら、朝日の肩(8時13分)~熊見曽根(8時32分)~1900m峰(8時39分)と歩き、う~ん、気分は爽快だが、やっぱり三本槍岳まで3時間を切るのは難しそうだなあ。

その後、清水平(8時54分)~北温泉分岐(9時4分)まで歩き、そこのベンチに座って作戦会議。妻はまだ全然バテておらず、三本槍岳まで行くのに体力的な不安は皆無だが、午前中に山歩きを終えるにはこの辺で引き返すのが適当であり、満場一致で撤退することに決定。

さて、復路は往路を引き返すだけであり、清水平(9時19分)~1900m峰(9時42分、ここで昼食をとる。)~熊見曽根(10時7分)~朝日の肩(10時18分)~峰の茶屋(10時53分)と歩いて11時35分に駐車場まで戻ってくる。本日の総歩行距離は7.8kmだった。

ということで、定番となった休暇村那須の日帰り入浴で汗を流してから無事帰宅。結局、天気予報は外れだったみたいだが、とりあえず、夫婦ともに三本槍岳を往復するくらいの体力は維持できていることを確認できたので、まあ、今日のところはこれで十分ということにしておきましょう。