屋久島旅行(第4日目)

今日は、3泊4日の日程の最終日であり、再びまる1日かけて帰宅する予定。

当初の日程では安房港13時30分発の高速船に乗れば良いことになっていた故、午前中に白谷雲水峡を訪れる予定でいたのだが、コロナ禍による減便の影響で宮之浦港10時45分発に変更されてしまい、う~ん、これでは太鼓岩まで往復するのは難しそう。そんな訳で今日の白谷雲水峡は諦めてしまい、ゆっくり朝食を食べてから宿を出る。

台風2号が進路を東に変えてくれたお陰で天気は今日も快晴。8年前の表銀座縦走から始まって穂高岳、白馬岳そして熊野古道と、これまで2泊以上で計画した山行は必ずといって良いほど雨に祟られてきたところであり、こんなに天気に恵まれたのは初めてなんじゃなかろうか。願わくば、これを契機に雨男の不運とはオサラバしたいものである。

ということで、高速船と飛行機の連絡が悪いため復路でも乗り継ぎに相当の時間を要することになってしまったが、予定どおり高速船~JAL国内線~新幹線~バスと乗り継いで21時前に無事帰宅。こんなに楽しい4日間を過ごすことができたのも、バス停まで車で迎えに来てくれた妻を始めとする家族の理解と優しさの賜物であり、本当に幸せなことだと思います。

屋久島旅行(第3日目)

今日は、屋久島観光の定番である縄文杉トレッキングを楽しんでくる予定。

縄文杉までは白谷雲水峡からも歩いて行けるらしいのだが、今回はあくまでも“妻と一緒に歩くときの下調べ”であり、最もポピュラーな荒川登山口からのルートを選択。しかし、交通規制によってそこまでレンタカーで行くことはできない故、屋久杉自然館を午前5時に出発するバスに間に合うように宿を出る。

この始発バスに乗ったのは29人だが、係りの方の話によると今日は修学旅行の予定がバス2台分入っているそうであり、なかなか賑やかな山歩きになりそうな予感。定刻に出発したバスは5時半頃に荒川登山口に着いたので、トイレをお借りしてから5時36分に歩き出す。今日は、昨日購入しておいた携帯トイレ(=昨日は間に合わなかったが、往路での水分補給を制限したせいか、その必要性は生じなかった。)持参だが、まあ、念には念を入れておくべきだろう。

さて、最初は有名なトロッコ道を歩いて行くのだが、橋を渡った先にはトンネル(5時39分)が出てくる等、なかなか楽しそうな雰囲気。その先では線路の左側に大きな一枚岩(?)が迫っており、数年前のような大雨のときにはここが滝状になってしまうのだろうが、本日の天気は昨日に引き続き無風快晴であり、そんな心配は全く無用である。

さらに進むと頭上に桜の花が咲いており、ちょっとビックリしてしまったが葉っぱの形が違うのでこれがサクラツツジなのかもしれない。ここまでガイド付きの団体客はかなり前に追い越してきたものの、歩くスピードを落とした途端に数人の単独行の若者に追いつかれてしまい、その度に先を譲る。どうやら縄文杉一番乗りは難しそうだが、何とか修学旅行生による人混みができる前には到着したいものである。

さて、小杉谷小・中学校跡(6時18分)のところで左に急カーブしてからも、楠川分れ(6時40分)~トイレ(6時43分)~三代杉(6時44分)~仁王杉(7時18分)とトロッコ道は続くが、昨日、その付近を歩いた爺ケ岳が見える(7時28分)ようになると終点間近であり、7時32分に大株歩道入口に着く。ここからはトロッコ道を外れて山の急斜面を上っていくのだが、間もなく団子になって歩いている単独行の若者たちに追い付いてしまい、今度はこちらが先を譲ってもらう。

おそらくこれで日帰りチームの先頭に立てた筈であるが、少し前から反対側から歩いてくる縦走者とすれ違うようになっており、いずれにしても縄文杉を独り占めするのは難しそうだなあ。しかも、その人数は10名や20名にとどまらず、う~ん、“コロナ禍下における山小屋利用は推奨されていない”という情報は何だったのだろう?

まあ、やっかみ半分でそんなことをボヤきながら歩いていると、7時48分にウィルソン株に到着。やはり2人の縦走者がいらしたものの、すぐに離れて行ってくれたのでゆっくり内部を観察することができたが、上部の空間をハート形になるように撮るにはコツが要るようであり、なかなか上手くいかない。外に出たところで単独の縦走者に話しかけられたが、その若者は2泊3日の日程で縦走しているそうであり、正直に“羨ましい”と伝えておいた。

その後、長い階段の途中でヤクシカとの再会を果たしてから、8時22分に大王杉。名前は付いていないものの、その周囲にも杉の巨木が点在していおり、昨日歩いたところよりこちらの方が杉の生育に適しているのかもしれない。そして、その頂点に君臨しているのが縄文杉であり、(南側デッキには人の気配がしたので)8時50分に着いた北側デッキからようやくその雄姿とご対面。

京都の北山杉のようにきちんと間伐や枝打ちをされて育てられた杉林も美しいが、自然のまま自由奔放に幹や枝をくねらせた縄文杉の迫力は圧巻であり、うん、確かに一見の価値はある。その後、南側デッキに移動するが、2、3名程度の登山者の姿が途絶えることはなく、“独り占め”は諦めて9時3分に下山に取り掛かる。

帰りのバスは荒川登山口15時発の予定であり、まだ時間はたっぷりあるものの、ここでのんびりしていても“バス2台分の修学旅行生”が押し寄せて来るのを待つだけになってしまうだろう。そんなことを考えながら大王杉(9時25分)~ウィルソン株(9時59分)と往路を引き返していくと、案の定、修学旅行生を含む多くの登山者とすれ違うことになるが、大株歩道入口(10時11分)まで戻ってきた頃には周囲の人影はかなり減っていた。

ここから再び長~いトロッコ道を歩くことになるが、この時間帯になれば対向者はほとんど居ない筈であり、スマホの音楽を鳴らしながらのテクテク歩き。選曲は、トロッコ道に因んでBob Dylanの「Blood on the Tracks」にしてみたが、途中で出会ったヤクシカやヤクザル(×2)からも特に喧しいとのクレームはなかったように思う。

さて、11時53分に荒川登山口まで戻ってくると、ここまでの総歩行距離は21.6kmであり、建物の前のベンチに座ったご老人一人(=修学旅行の付添とのこと。)以外、全く人影は見当たらない。飲み物の自販機が無いのは予想外だったが、建物の内部では無料Wi-Fiを使うことも可能であり、明日の帰路の確認等をしながらのんびりバスの時刻を待つ。そう言えば、今日も携帯トイレの出番はなかったなあ。

そうこうしているうちにぼつぼつ後続者が到着するようになり、中にはバスを待たずにタクシーを呼ぶ方もいるみたい。俺も一度誘われたが、まあ、宿に帰っても特にやることはない故、15時発のバスを待って帰途につく。ちなみに、そのバスに乗ったのはほとんど単独行の方々ばかりであり、ガイド付きの団体さんたちは相当スローペースで歩いているようである。

ということで、今日も予定より早く宿に帰ってきてしまったが、そのおかげで16時半からの一番風呂を独占できるのが有り難い。肝心の縄文杉トレッキングは、距離は長いもののその半分以上を占めるトロッコ道は平坦であり、妻でもそれほど無理せずに歩いてこられるだろう。残る問題は“下山後のお楽しみ”だけということになりそうです。
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屋久島旅行(第2日目)

今日は、我が国の最南端に位置する日本百名山である宮之浦岳を淀川登山口からのピストンで歩いてくる予定。

レンタカーを借りたのでバスの時刻等を気にする必要はないのだが、淀川登山口の駐車台数は相当限られているらしく、路上駐車になるのを避けるために午前4時20分に宿を出る。“南国”の故、日の出が早いというイメージがあったのだが、よく考えてみれば日の出時刻に影響するのは南北ではなくて東西であり、なかなか明るくならないなあとボヤきながらレンタカーで県道592号線を進んでいく。

しばらくすると先行車両に追い付いたので“シメシメ、この車に付いていけばあとは楽ちん!”と思ってスピードを落とすが、10分くらい走ったところで先を譲られてしまい再び単独走。まあ、道幅はだんだん狭くなっていくが、これくらいの林道なら何度も走った経験があり、たまにすれ違うタクシーに注意しながら5時10分頃に淀川登山口に着く。5台分しか確保されていない白線内の駐車スペースの空きは1台分だけであり、先程、先を譲ってもらったおかげで何とか路駐を避けることができた。

さて、山中ということもあってか周囲はまだ薄暗く、宿で用意してもらった弁当(=外注らしいが、決してうまくない。)を半分だけ食べて暇つぶし。そうこうしているうちにようやく明るくなってきたので5時33分に歩き出す。格好は革の登山靴にCW-Xという久しぶりの本格登山姿だが、内心はあくまでも観光気分であり、待ちに待ったせっかくの機会をバテで台無しにしないよう、意識的にスピードを控えめにして歩いていく。

周囲には(内地であれば)御神木クラスの杉の巨木が文字通り林立しており、それらが朝陽に照らされて輝いていく光景はちょっと神秘的。そんな人の手が付けられていない秘境のような光景に反して登山道は明確であり、500mくらいの間隔で設置されている標識もとても理解しやすい。こういった“管理された秘境”というのは俺の最も好むシチュエーションであり、うん、やっぱり来て良かったな。

さて、6時7分に着いた淀川小屋には、コロナ禍にもかかわらずそれなりの利用者がいるようであり、正直、この快晴下での縦走はちょっぴり羨ましい。小屋のお隣りにある橋を渡った先からはそれなりの上りが続くが、視界が広がってトーフ岩が眺められるようになると高盤岳展望所(6時59分)はもうすぐであり、ここからの眺めは文句なしに素晴らしい。

小花之江河(7時6分)~花之江河(7時14分)という二つの湿地に設置された木道上にはうっすら霜が付いており、周囲の冷気が汗ばみ始めた体をヒヤッとさせてくれる。7時27分に着いた黒味分れの標識には「この付近携帯電話利用可能」の表示があり、LINEを使って自宅に途中経過の報告。ここを左折すれば黒味岳に行けるが、まあ、とりあえずは本命の宮之浦岳を目指すことにしよう。

ややワイルド感の増した登山道は依然として明瞭であり、ちょっとした岩場を越えて平坦な巨石の上に立つ。おそらくこの周辺が投石平(7時50分)であり、そこからは無数の奇石が点在する素晴らしい景色を一望することができる。森林限界を超えたこともあってそこから先は絶景の連続であり、それぞれ頂上に奇石を戴く山々の向こうには広大な海が広がっている。

ルートはそんな山々の山頂を避けるようにして続いているのだが、ネット上に多くの写真が掲載されているロボット兵(8時36分)の先にある栗生岳(1867m)はその唯一の例外であり、8時53分に山頂を通過。その先にある小ピークを越えるとようやく宮之浦岳の姿を視認することが出来るようになり、本当に奥深いところにあるんだなあと思いながら9時5分にその山頂(1936m)に立つ!

九州地方の最高峰でもあるそこからの景色はまさに圧倒的であり、ギザギザの永田岳や遠く口永良部島の姿を認めることもできる。このような絶景を無風快晴のコンディションで眺めることができるのは無上の喜びであり、隣に妻の姿がないことだけが唯一の心残り。おそらく山小屋利用の縦走なら彼女にも歩けると思うが、まあ、問題はその気力が残っているかどうかだろう。

先客はお一人だけだったが、間もなく3人目の登山者が現れてしまい、なかなか山頂を独占するのは難しそう。仕方がないので4人目の登山者が上ってきたところで下山(9時23分)に取り掛かり、栗生岳(9時38分)~最終水場(9時53分。せっかくなので一口飲んでみた。)~投石平(10時33分)と往路を引き返す。途中、可愛らしいヤクシカにお会いすることも出来たが、本土の鹿とは異なり、人の姿を認めても走って逃げ去るようなことはない。
 
さて、10時58分に黒味分れまで戻ってくるが、まだ大して疲れてもいないのでそこにザックをデポして黒味岳に立ち寄ることにする。何度か急な岩場が出てくるが、そこには太くて黒い立派なロープが備え付けられており、それを使ってどんどん先へと進んでいく。上りが一段落すると一つ先の岩のピーク上に人影が認められ、どうやらそちらが黒味岳の山頂らしい。

最後は岩場をよじ登るのかと思ったが、ルートは回り込むようにして急登を避けており、さして苦労することもなく11時23分に黒味岳(1831m)の山頂に着く。他の山と同様、この山頂にも巨石が二つ並んでおり、より高いのは山名板が置かれていない方の石なのだが、そこには二人連れの先行者が大きく荷物を広げているためにちょっと近づきにくい雰囲気。

しかし、待っていても代わってもらえそうにない故、勇気を出してそちらの石に移動して山頂からの景色を写真に収める。男性の方から“邪魔ですか?”と聞かれたが、そうですねと答える訳にもいかず、大丈夫ですと口ごもりながら早々に山名板が置かれている方の石に戻る。後続者の姿は見えないので、その平らな石の上に大の字になってしばし休憩。

黒味分れまで戻ってきたのは11時59分のことであり、そこから先は花之江河(12時13分)~淀川小屋(13時12分)と歩いて13時46分に淀川登山口へ帰着。ここまでの総歩行距離は16.0kmだったが、予定していたよりちょっと早く戻ってこられたので、屋久杉自然館で明日の荒川登山口までのバス切符を購入してから島の西側にある大川の滝へと向かい、大迫力の滝の姿を眺めてから宿に戻った。

ということで、最高のコンデイション下で念願の宮之浦岳登頂を果たすことが出来、まずは大満足の一日。しばらくロングウォークから遠ざかっていたのでバテずに最後まで歩けるか少々心配していたが、まあ、何とか人並みのペースで歩いてこられるくらいの体力はまだ残っているらしい。明日の縄文杉トレッキングも無理のないペースで歩いてこようと思いながら早めに眠りに就きました。
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屋久島旅行(第1日目)

今日は、3泊4日の日程で長年(?)の憧れであった屋久島に向けて出発する日。

5、6年くらい前から屋久島行きを検討していたのだが、(下山後の楽しみが不足しているせいか)なかなか妻の同意が得られないのが困りもの。しかし、ここ数年の体力の低下を考えると先の見えない延期は“致命傷”になる可能性が高く、昨年末、“妻と一緒に歩くときの下調べ”を口実に単独での実行を決意。早速、ネットで知ったオリオンツアーなる旅行会社の「飛行機&高速船利用! 民宿いっぱち〈夕朝食付〉3泊4日」に予約を入れさせて頂いた。

もちろん最大の目的は宮之浦岳であり、縦走するか日帰りにするか最後まで迷ったのだが、下調べをしたHPによるとコロナ禍下における山小屋利用は推奨されていないようであり、悪天候時における対応の柔軟性等も考慮して後者を選択。まる2日ある自由時間のうち天気の良い方を宮之浦岳に、悪い方を縄文杉までのトレッキングに充てれば最悪の事態は避けられるだろうという計算である。

さて、出発日が近づくにつれてトカラ列島近海での連続地震や台風2号の発生といった予想外の事態に一喜一憂させられたが、幸い旅行期間中の天気予報は上々のようであり、本日早朝、妻に車で宇都宮駅まで送ってもらって計画スタート。コロナ禍による減便の影響で当初より乗継ぎに時間がかかるようになってしまったが、新幹線~JAL国内線~高速船と乗り継いで18時半過ぎにようやく屋久安房港に到着することができた。

ということで、安房港で手配しておいたレンタカー(=予算と山道走行時の利便性を考慮して軽自動車を選択)を受領し、19時頃に「民宿いっぱち」にチェックイン。例によってリーズナブルな安宿ではあるが、キレイ好きなご主人のおかげで内部は清潔に保たれており、食事は各部屋まで運んでいただけるということでコロナ対策も万全。明日の山行に備えて早々に布団に潜り込みました。

勝雲山から方塞山

今日は、妻と一緒に日光市鹿沼市の境界線上にある勝雲山周辺を歩いてきた。

前回の山歩きで「地蔵岳や横根山を頂点とする尾根繋ぎは今回を持って一段落」と書いたのだが、実は一箇所だけ歩き漏らしている箇所があり、それが勝雲山と方塞山の間。距離は短いし、ほとんど起伏もないということでなかなか食指が動かなかったものの、まあ、それなら妻と一緒に歩けるだろうと、午前8時半頃に勝雲山のすぐ東側にある無料駐車場に到着する。

身支度を整えて8時43分に出発。まずは勝雲山を目指して舗装道路を西に向かうと、間もなく右手に“勝雲山登山口”の標示(8時46分)があり、そこから階段状に整備された山道に入る。前回ここを歩いたのは7年前の12月のことだが、そのときは山名板や三角点を見つけられなかった記憶があり、今回も山頂らしきピーク上で周囲を見回してみたが、やはりそれらしきものは目に入らない。

しかし、最近重宝させてもらっているヤマレコ・アプリの画面によると山頂はもう少し先のようであり、さっきのピークのほうが明らかに高いのになあと訝しみながらそちらに向かうと、いとも簡単に山名板と三角点のセット(1322.1m。8時54分)を発見。7年前には周囲の笹薮ももっと繁っていたような記憶があり、おそらくその後に整備されたものなのだろう。

さて、ここからが今日の尾根つなぎのスタートであり、来た道を引き返して方塞山へと向かう。舗装道路は尾根筋のやや南側に付けられており、単独であればちょっと無理をしてでも尾根上を歩いただろうが、妻と一緒のときにいつもの几帳面さを発揮するのは禁物であり、おとなしく舗装道路を歩いて9時20分に“ようこそ横根高原へ!”の立派な看板の立つ分岐に着く。

ここから再び山中に入るが、牧場との境界柵に沿って続いている山道は明瞭であり、そこを妻のペースに合わせてゆっくり上っていく。残念ながら周囲の景色に春の芽生えを見ることはできず、やはり1300mを超える標高の影響は馬鹿にならないねえと話しながら9時46分に方塞山(1388m)に到着。これで足利市織姫神社からのルートが中禅寺湖まで繋がったことになり、妻に拍手で祝ってもらった。

山頂のベンチはとても静かであり、途中、単独女性が通過していっただけ。もう少し経てば井戸湿原のアカヤシオ目当ての観光客が増えるのだろうが、今日のところはほとんど貸切状態であり、のんびり休憩をとってから下山(10時17分)に取り掛かる。復路は往路を引き返すだけであり、10時54分に駐車場に戻ってくる。本日の総歩行距離は5.1kmだった。

ということで、もう少し春めいていたら前日光ハイランドロッジから象の鼻まで歩く予定でいたのだが、“これではねえ”ということでアカヤシオが咲くまで延期決定。代わりに古峯神社前のお店の温かいお蕎麦で冷えた体を暖め、途中にあった「創菓工房 松屋」というケーキ屋さんでお土産を購入してから無事帰宅しました。
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あの夜、マイアミで

2020年
監督 レジーナ・キング 出演 キングズリー・ベン=アディル、イーライ・ゴリー
(あらすじ)
1964年2月25日、当時22歳のカシアス・クレイ(イーライ・ゴリー)がソニー・リストンを破ってボクシングの世界ヘビー級王者になったその日の夜、彼の勝利を祝うためにマルコムX(キングズリー・ベン=アディル)、ジム・ブラウン、サム・クック、そしてクレイの4人がマイアミの安モーテルに集まった。しかし、NOIからの脱退を計画中のマルコムXのせいで、話題は次第に公民権運動の話へと移っていき…


同名の舞台劇を映画化したレジーナ・キングの初監督作品。

TVドラマ版「ウォッチメン」で主役を演じたレジーナ・キングの監督デビュー作ということで興味を持ったのだが、ストーリーはなかなか硬派でシリアスな内容になっている。メインの4人はいずれも当時のスーパースターばかりであり、当然、フィクションだろうと思って見ていたのだが、Netflixで配信されている「リマスター サム・クック」というドキュメンタリー作品によると、会話の内容はともかく、4人がマイアミのモーテルに集まったのは事実らしい。

さて、会話の主導権を握るのはおそらく4人の中で最年長になると思われるマルコムXなのだが、長年にわたり中心的メンバーとして活動してきたNOIからの脱退を間近に控えているということもあってかなり神経質になっている。その焦燥感の標的になるのが人気歌手のサム・クックであり、白人のファンも大切にするという彼の“柔軟”な姿勢がマルコムXの批判を浴びてしまう。

しかし、これに対する反論としてサムが紹介するエピソードがなかなか興味深い内容であり、それは著作権さえ押さえておけば黒人ミュージシャンの楽曲を白人がカヴァーして大ヒットさせることはむしろ前者の利益になるというもの。具体的にはローリング・ストーンズの「イッツ・オール・オーバー・ナウ」(=作者はボビー・ウーマック)のことなのだが、これを先日拝読させていただいたデヴィッド・グレーバー流に表現すれば「商品化された形式を通してその価値がついに彼ら(=白人社会)に到達した」ということになるのかもしれないね。

ちなみに、「リマスター サム・クック」によると、人種差別問題に関するサム・クックの意識はこの4人の会合以前から非常に高かったようであり、この年の12月11日にモーテルの女性管理人によって射殺されるという非業の最期を遂げている。これまで、オーティス・レディングロッド・スチュワートのヒット曲の作曲者としての印象が強かったが、なかなか興味深い人物だったようである。

ということで、サム・クックによるデヴィッド・グレーバー的戦略はきちんと評価されるべきだと思うが、正直、その有効性には限界があるんじゃないのかなあ。確かに、我々の生活に共産主義的関係性が存在していることは間違いないと思うが、同時に封建的関係性やファシズム的関係性も認められるところであり、これらのうちどの関係性がより基礎的なものなのかという検討が必要なのではないでしょうか。

早春の京都旅行(第3日目)

今日は、醍醐寺での花見を楽しんでから新幹線で帰宅する予定。

昨日の雨はすっかり上がったようであり、午前8時過ぎに宿をチェックアウト。そのまま歩いて鴨川の畔にある「川間食堂」に向かい、そこでサンドイッチ(俺)とライスバーガー(妻)の朝食をとる。店内からは鴨川の岸辺に咲く桜の花を眺めることが出来、うん、これなら醍醐寺の桜も期待できるだろう。

しかし、その前に済ませておかなければならないのが、俺の大好物である“おはぎ”の購入であり、再び歩いて有名店の「今西軒」に向かう。驚いたことにそこに店舗らしき姿は見当たらなかったが、開店時刻が近づくと雨戸が取り払われておはぎの入ったショーケースが出現! 無事、きなこ、粒あんこしあんをそれぞれ2つずつ購入することが出来た。

そこから醍醐寺までは一番歩行距離の短いルートを選択し、烏丸線竹田駅まで移動してからバスに乗って醍醐寺前へ。月曜日だというのにそこには多くの観光客の姿が見られたが、それもその筈、境内のしだれ桜は満開であり、“京都で一番早く桜が楽しめる”という情報はウソではなかったようである。

そんな美しい桜の花を写真に収めてからまずは三宝院に入る。この建物自体、国宝や重文に指定されており、本堂の弥勒菩薩も素晴らしいのだが、何といっても一番の見所は豊臣秀吉が“醍醐の花見”を催したという大庭園であり、天下の名石と言われる藤戸石を中心に見事な景観を見せてくれる。ただし、住職さん(?)の説明によると、この庭が一番美しいのは秋の紅葉の時期だそうであり、機会があればまたその時期にも訪れてみたい。

その後、仁王門を潜って下醍醐に入る。ここの金堂や五重塔も国宝のはずであるが、昨日の仁和寺に比べるとやや手入れが行き届いていない印象であり、どこかありがたみに欠けるような気がする。おそらく、その主要な原因は2018年の台風21号による被害からの復旧が遅れているためであり、一日も早い再整備が望まれるところである。

さて、上醍醐は計画段階で妻から拒否されているため、弁天堂にお詣りをしたところで引き返す。霊宝館を見学しているとそろそろ空腹を覚えてきたので、どこか屋外のベンチに座って今西軒のおはぎにパクつこうしたが、観光客の目が気になって適所が見つからない。仕方がないので雨月茶屋に入り、カレー(俺)とパスタ(妻)で空腹を満たした。

その後、腹ごなしも兼ねて東西線醍醐駅まで歩き、そこから地下鉄を使ってJRの京都駅に戻ってくる。いつものように駅に併設されている伊勢丹で自分と娘用にお土産を購入してしまえば今回の旅行もミッション完了であり、予約しておいた新幹線を早い時刻のものに変更して無事帰宅することが出来た。

ということで、間の一日は雨に降られてしまったが、事前の天気予報からすれば上出来であり、今回の早春の京都旅行も大成功といって良いだろう。京都一周トレイルはその後大原から鞍馬に向かうのだが、鞍馬寺貴船神社は昨年歩いてしまったので北山東部コースはこれでひとまず終りにしてしまい、(機会があれば)次は北山西部コースに取り掛かろうと思います。