十二人の手紙

井上ひさしが1978年に発表した連作短編ミステリー。

たまたまネット上で褒めている記事を目にして読んでみることにしたのだが、井上ひさしの小説を読むのはおそらく今回が初めて。その最大の理由は言うまでもなく俺の“西洋かぶれ”にあるのだが、この作者の場合、「ひょっこりひょうたん島」の原作者というイメージが強すぎたこともいくらか影響していたのかもしれない。

さて、本書の特徴は、収められている13の短編すべてで書簡形式が採用されているところであり、画期的とは言えないにしろ、ここまで徹底しているのはちょっと珍しいのではなかろうか。もちろん、単調になるのを避けるため、一般の手紙以外にも出生届のような公的書類や手書きのメモ、手紙に同封された戯曲の原稿といった文書も含まれているのだが、基本的に作者自身が直接書いたとされる文章は(正確には、「玉の輿」の注記を除いて)一つも出てこない。

しかし、その効果の方は意外にバラエティに富んでおり、プロローグとされる最初の「悪魔」では、地方から上京してきた若い女性の不安→希望→幸福→転落までの過程が、20通の短い手紙によってドラマチックに描かれている。何といっても手紙に書かれていない事柄はすべて省略されているため状況の変化は劇的であり、雇主との甘い結婚生活を夢見ていた少女はあっという間に殺人犯にされてしまう。

また、簡単に嘘をつけるところも手紙の利点の一つであり、気むずかし屋の小説家が女子大生の策略に見事にひっかかる経緯を描いたユーモラスな「葬送歌」から、発送されることのなかった7通の手紙に綴られた若い女性の夢がすべて彼女の妄想であったことが判明する「シンデレラの死」、そして最後の一通によるどんでん返しが見事というしかない「泥と雪」まで、様々な嘘が読者の気持ちを一喜一憂させてくれる。

さらに、薄幸の美少女と彼女を見守り続けた男性教師との秘められた悲恋の物語が、実は市販の「手紙の書き方」本に収録されている例文の引用から成り立っていたことが判明する「玉の輿」は何とも意地の悪い作品であり、本当に油断も隙もありゃしない。まあ、おそらくこんな“人の悪さ”が井上ひさし作品の大きな魅力でもあるのだろう。

ちなみに短編の数は13なのに本のタイトルが「十二人の手紙」になっているのは、エピローグの「人質」が最初の「悪魔」の続編になっているから。しかも、このエピローグの登場人物は他の12の短編に出ていたキャラクターばかりであり、それらの後日談的な意味合いも匂わせながら、まるでオムニバス映画のような趣向でこの短編集は大団円を迎える。

ということで、前述の人の悪さのみならず、読者へのサービス精神も旺盛のようであり、せっかくなのであと1、2冊くらい同じ作者の小説を読んでみるつもり。DVや天皇制批判からの転向等、その私生活に気になるところがないではないが、まあ、とりあえずは色眼鏡抜きで読んでみようと思います。