骨餓身峠死人葛

1969年に刊行された野坂昭如の短編集。

正直、彼の作品をあまり熱心に読んだ覚えはなく、短編集「アメリカひじき・火垂るの墓」は間違いなく読んでいると思うが、「エロ事師たち」はどうだったかなあ。したがって、本作を手にした動機も“野坂昭如の作品だから”というより、“恐怖小説の傑作として名高い表題作に惹かれたから”と言った方がより真実に近いように思う。

さて、その短編「骨餓身峠死人葛」であるが、戦前の人里離れた炭鉱に生まれ育った兄妹の禁断の恋という前半部分は背徳的な美しさを漂わせていて、うん、なかなか良い感じ。死期を悟った病弱な兄が、妹の溺愛する死人葛の“肥料”として自らの血肉を捧げるというマゾヒスティックな展開も「anti-火垂るの墓」みたいでとても興味深い。

しかし、戦争の足音が近付くにつれてそんな耽美的な雰囲気は一掃されてしまい、名も知れぬ男たちが次々に死んでいく戦中の狂躁状態を経て戦後の頽廃へ。そこでは死人葛の肥料にする胎児を得るためだけに狂った性の営みが延々と続けられているのだが、これって中国に負けない「美しい国」を支えるためなら過労死も厭わないという現代の労働者の姿でもあるのだろう。

そんな表題作の他にも6編の短編が収められているのだが、それらはいずれも“人情喜劇”的なペーソスを感じさせる現代の庶民の物語。とはいっても、発表されたのは今から50年近く前ということで、時々俺でも聞き慣れないような単語が使われており、うん、まるで古典落語を聞いているみたいだなあ。

ということで、解説を書いている松本健一氏は「饒舌体」という言葉を用いていたが、句点をあまり使わずに読点を多用して独特のリズム感を生み出していく表現方法は、まさに落語や講談といった我が国の伝統的な話芸に通じるものであり、少々取っつきにくいところはあるものの、慣れてしまうとこれが病みつきになるのかもしれません。