日本アパッチ族

小松左京が1964年に発表した彼の処女長編小説。

出版社が早川書房ではなく、光文社だったからなのかもしれないが、昔から“非SF小説”というイメージが強く、そのせいで作者の代表作として取り上げられる機会も少なかったような気がする。しかし、今回読んでみて分ったのだが、確かに自然科学的屁理屈(?)は弱いものの、本作はまごう事なきSF小説であった。

さて、舞台になるのは1960年代の日本だが、こちらの世界では一足早く(?)憲法改正が実現してしまったようであり、基本的人権は大幅に縮小される一方、陸海空軍はきちんと配備されている。また、死刑は廃止されたものの、それとのバーターで追放刑なるものが創設され、労働の義務に違反した(=失業した)主人公は大阪砲兵工廠の跡地に作られた“追放地”送りにされてしまうというのが話の発端。

そこには人知れず食鉄人種に進化(?)していた先住民の“アパッチ”が住んでおり、何故か自分でも鉄に食欲を感じるようになっていた主人公も彼らの仲間に加わるのだが、ひょんなことで陸軍の恨みを買うことになってしまったから、さあ大変。政府の弱腰に業を煮やした陸軍はクーデターを起こして政権を奪取し、ここに国家v.sアパッチの“大アパッチ戦争”が勃発する!

どうやら食鉄人種になるには貧困や孤立といった心理的要因が大きく影響しているようなのだが、前述のとおりその科学的根拠は脆弱であり、まあ、そのあたりが“サイエンス=自然科学”的理解が大勢を占めていた当時の日本SF界ではイロモノ扱いされてしまった理由なのかもしれない。しかし、その代わりに政治や経済といった社会科学的屁理屈は豊富であり、今なら立派なSF作品として通用するだろう。

テーマ的には後の大ベストセラー小説「日本沈没」に似ているが、本作では政府に対するアパッチの抵抗がノリノリで描かれており、おそらく作者自身も書いていてとても楽しかったのではなかろうか。現実にはなかなか思うように進まない弱者間の結束も、食鉄人種化というアイデアを付加すれば一挙に解決であり、不景気で全国に溢れかえっていた「失業者や乞食」たちが仲間に加わったおかげで、アパッチたちは見事に革命を成し遂げる!!

面白いのは、アパッチ国の建国が軌道に乗った段階で、リーダーの二毛次郎が自ら“独裁者”として追放される道を選ぶところであり、プロレタリアート独裁を成し遂げた後も権力にしがみつき続けたソ連スターリンとは大違い。誠に英断というしかないが、まあ、現実社会でそれが出来る人物というのはなかなか出てこないのだろう。

ということで、解説によると、本作のアパッチ族のモデルになったのは、敗戦後、空襲で廃墟になった大阪陸軍造兵廠の跡地(=別名“杉山鉱山”)を本拠に活躍(?)した「朝鮮人を中核とする他民族屑鉄泥棒集団」だそうであり、事実、「警察を相手取り8ヶ月間にわたる闘争を展開」したらしい。機会があれば、やはり彼らを主役にしているという開高健の「日本三文オペラ」も読んでみたいと思います。