タクシー運転手 約束は海を越えて

2017年
監督 チャン・フン 出演 ソン・ガンホトーマス・クレッチマン
(あらすじ)
1980年のソウル。妻に先立たれ、幼い一人娘を抱えた個人タクシーの運転手キム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、月々の家賃も満足に支払えないような貧しい生活。そんなある日、彼は、ピーター(トーマス・クレッチマン)というドイツ人が光州まで乗せて行ってくれるタクシー運転手を10万ウォンという大金で探しているという話を聞きつけ、詳しい事情も知らずに軽い気持ちでその仕事を引き受けてしまう…


1980年5月に起きた光州事件をテーマに取り上げた韓国映画

若い頃からハリウッド映画に毒されてきたせいで、正直、洗練さに欠ける韓国映画はちょっと苦手なのだが、本作の高い評価を耳にしてようやく重い腰を上げる。案の定、主演のソン・ガンホをはじめとする出演者たちの泥臭い演技には少々閉口させられたが、間違いなく本作にはそんな些細な問題を吹き飛ばすだけのパワーが備わっており、結局、最後まで興味深く拝見することが出来た。

さて、光州事件というのは全斗煥率いる軍事政権に反対する光州市民の起こした民衆蜂起のことであり、今では光州民主化運動と呼ばれているらしい。民間人144人を含む170人が死亡したというのだから、かなりの大惨事だったハズだが、恥ずかしながら当時の記憶は曖昧であり、う~ん、我が国ではどのように報道されたのかなあ。

まあ、そんな無関心さは本作の主人公であるキム・マンソプも同様であり、彼の住むソウル市内でも起きている学生デモは仕事の邪魔としか考えていない。彼にとって大切なのは家賃の支払いや小さくなってしまった娘の靴の買換えといった目の前の生活であり、天下国家のことを考えている余裕なんて全く無い。

おそらく、期せずして光州事件の真っ只中に飛び込んでしまったときでさえ、彼の頭の中には“全斗煥政権に対する政治的評価”なんてものは全く存在しなかったハズであり、彼の行動の原動力になったのは“国民を守るための軍隊が国民に銃口を向けていることに対する単純な怒り”。

先日読んだ「怒りの葡萄」の中に「大金持ちたちがまだ生きているのにストライキが起きなくなるときを怖れるがいい」という文章があったが、そういった意味ではキム・マンソプに代表される当時の韓国国民はまだ十分に健全であり、現在起きている辺野古での不条理に対して怒りを覚えない我が国の方が相当深刻な状況にあるのかもしれない。

ということで、ラストに映し出される韓国の今の映像には、こういった困難を克服して民主化を成し遂げた韓国国民の誇らしい気持ちが溢れており、見ていてとても羨ましい。我が国では極めて評判の悪い文在寅大統領も光州民主化運動を高く評価しているそうであり、まあ、少なくとも人間性の面においては我が国の政治家たちの相当上を行っているような気がします。