荒涼館

チャールズ・ディケンズ1852年から翌年にかけて発表した長編小説。

 

最初、寝る前にベッドで横になって読んでいたのだが、活字が小さい(=筑摩書房の世界文学全集で読んだ。)のと出だしのストーリーが面白くないのとで、わずか7ページにも満たない第一章を読み終える前に寝落ちしてしまうこと数多。しかたがないので、しっかり起きているときに(途中から登場人物のメモを取りながら)読んでみたところ、これがとんでもなく面白い物語であり、うん、ディケンズの最高傑作はこれに決定だね。

 

さて、ストーリーは、エスタ・サマソンという両親を知らずに育った薄幸の美少女が主人公であり、彼女の出生の秘密と「ジャーンディス対ジャーンディス事件」と呼ばれるいつまでたっても判決の出ない「遺言書とそれにもとづく信託財産に関する訴訟」の2つが軸となって物語は進展していく。

 

勿論、ドラマチックな展開を見せるのは前者の方であり、エスタの正体は、あの高名で気品溢れるデッドロック准男爵夫人が結婚前に別の男性との間にもうけた私生児なのではないか、という謎を巡って、デッドロック家を裏で牛耳ろうと企む冷酷な顧問弁護士のタルキングホーンが暗躍!

 

しかし、ようやく真相を突き止めた彼が何者かの手によって射殺されてしまうと、今度はその犯人探しと失踪した准男爵夫人の捜索ために(タルキングホーンの手下に過ぎないと思っていた)バケット警部が大活躍!! まあ、翻訳の巧さもあるのだろうが、彼の活躍を描いたスピード感溢れる文章は、コナン・ドイルを軽く飛び越え、ダシール・ハメットのハードボイルド小説にも迫らんばかりの勢い!!!

 

そんなミステリイ的要素の他にも、エスタを巡る恋物語やジャーンディス裁判の甘い蜜に吸い寄せられて裏切られた人々の悲喜劇、さらにはディケンズ作品ならではのユニークなキャラクターたちの描写等々、読みどころは実に満載なのだが、中でも特に印象的なのはロンドンの下層階級の人々のみじめな暮らしぶりを克明に描いているところ。

 

何分150年以上昔の作品の故、女性の社会・政治活動を一方的に揶揄したり、“自然発火”というトンデモを事実として取り上げてしまうといった欠点も少なくないのだが、ジョーという一人の浮浪児の死を嘆き、彼に救いの手を差し伸べようとしなかった国家や教会等を糾弾する著者の怒りは本物であり、社会批判の面でも一級品と言わざるを得ない。

 

また、そんなヴィクトリア朝時代の負の現実を客観的に描写する三人称の文章と、エスタの心情を反映させた一人称形式の回想文とを交互に混在させた表現方法も見事であり、後者の誠実で心温まる文章に触れてホッと一息。おそらく、本作の出だしを彼女の回想から始めてくれていれば、そのとっつき難さは相当緩和されていたものと思われる。

 

ということで、前半は養母によって植え付けられた正体不明の罪悪感により、そして後半は思いがけなくジョーから(チャーリー経由で)罹患してしまった伝染病(=天然痘?)の後遺症により、エスタはその生来の美貌にもかかわらず、とても控えめな女性として描かれており、俺を含む多くの気弱な男たちにとってまさに理想の存在(?)。タルキングホーンが射殺されるところからで良いので、是非、誰か美人女優を起用して映画化して欲しいものです。