カラマーゾフの兄弟

実をいうと、俺は今までドストエフスキーの作品は一冊も読んだことが無く、長年そのことをちょっと後ろめたく感じていた。光文社古典新訳文庫から亀山郁夫訳で出たこの本がベストセラーになったというのも、おそらく俺と同じような人間が他にも沢山いたためなんだろうと思う。

第1巻では、多くの人物が今後どのような役割を果たすのか予想もできないままに登場し、話が進んでいくため、なかなか物語に没頭することができず、読み終えるのに数週間を要してしまった。そして、そんな苦境を救ってくれたのが第2巻に出てくるイワンの「大審問官」のお話し。

これは、復活したキリストに対して年老いた大審問官が苦情を申し立てるという何ともバチ当たりなお話しなんだけど、その「ダ・ヴィンチ・コード」なんて比較にならない程の背徳感が堪らない魅力であり、これのおかげで見事物語の世界に入り込むことに成功。そんな訳で、このあたりから登場人物の人間関係が大体理解できたこともあり、第3、4巻は快調に読み進めることができた。

最後の第5巻には、エピローグの他に亀山郁夫氏によるドストエフスキーの伝記と作品の解説が収められているのだが、両方とも訳者の思い入れがたっぷり入った文章であり、とても面白く、かつ役に立つ内容であった。

ということで、本の内容も面白かったけど、それと同時に「カラマーゾフの兄弟」を読了したという一種の達成感も味わえるというちょっとお得な体験でした。後で誰かに自慢するときのことを考えれば、岩波文庫版で読んでおいたほうがよかったのかも知れないけれど、それだと読了できなかった可能性もある故、まあ、仕方のないところでしょう。

なお、この本を読了したのと同じ日に、奇しくもという感じであの「光市母子殺害事件」の差戻控訴審判決があった。まあ、これに関してはいろいろと微妙な問題もあるんだろうけど、少なくとも判決が出る前に死刑が当たり前みたいな世論が形成されてしまうのは異様な事態と言わざるをえない。そして、それが裁判官の判断に何らかの影響を与えたのだとすれば、「それでもボクはやってない(2007年)」で危惧していたことが正に事実だったということになるんだろう。