帰ってきたヒトラー

2015年
監督 ダーヴィト・ヴネント 出演 オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ
(あらすじ)
1945年に自殺したはずのアドルフ・ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が、何故か2014年のベルリンに復活。彼をモノマネ芸人と勘違いした失業中のTVディレクターのザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)は、彼を起用したドキュメンタリー番組を自主制作し、それを手土産にしてTV局への復職を果たすが、一方、テレビ番組に出演したヒトラーはその巧みな話術によって一躍人気者になってしまう…


ドイツ人作家ティムール・ヴェルメシュのベストセラー小説を原作にした社会派コメディ。

ひと頃、我が国でも粗製濫造された“タイムスリップ物”の一つに分類されるのだろうが、タイムスリップしてくるのがあの悪の代名詞ともいうべきアドルフ・ヒトラーというところがミソであり、ドストエフスキーの“大審問官”とは真逆の設定。その後の展開も対照的であり、沈黙したままのイエスに対し、本作のヒトラーはドイツの置かれた現状をある意味的確に、かつ、雄弁に批判する。

その一つが移民問題であり、ナチス・ドイツお得意の純血主義は移民排斥の根拠としてまさに最適。このように大衆の不満を上手くすくい取り、それに対する単純明快な(しかし、現実的とは言えない)解決策を提供するというファシズムの手口は、敗戦から70年以上が経過した現在でも世界中の権力者から重宝されており、リベラル側がそれに対抗する有効な手段を見出せずにいるのはとても残念なことである。

ちなみにドイツでは先の大戦に対する反省が徹底されているというのはよく聞く話であり、本作の冒頭のシーンを見たときには“ヒトラーって絶対的なタブーじゃなかったの?”とちょっと驚いてしまったのだが、おそらく「ナチス=悪」という単純な教育を繰り返しているだけではダメなのだ、というのが本作の主張の一つなんだろう。

作中でも、それを“戦争に負けてしまったのだから仕方がない”と後ろ向きに受け止めている人々の声が取り上げられていたが、そんな我慢や忍耐はフラストレーションの原因になるだけであり、ナチスの思想が人類の平和にとってどんな障害をもたらしたのかをもっと前向きに伝えていかなければならないのだと思う。

ということで、従軍慰安婦の問題に関して我が国の政権内部から“前向きに”という言葉をよく耳にするが、おそらくこの恥ずべき戦争犯罪に対して強いこだわりを持っているのは彼ら自身であり、だからこそそれを歴史的事実として認めることに強い抵抗があるのだろう。それが人類の平和にどんな悪影響を及ぼしたのかを考えるなら、現状のような不毛な意見の対立は起らないと思います。