夜明け前

「破戒」と並ぶ島崎藤村の代表作。

実は、この大作に挑戦するのは今回が2度目であり、高校生の頃に読んだときにはストーリー展開のあまりの遅さに耐えきれず、なんとか第一部の上巻は読了したものの、下巻には手が伸びなかったという苦い思い出がある。

そんな訳で、再び本書を手に取るまでには少々の躊躇いもあったのだが、実際に読み始めてみるとそのあまりの面白さに引き込まれてしまい、今度は読むのが止まらなくなる。当然、ストーリー展開が遅いという印象は変わらないが、昔は退屈としか思えなかった木曾地方の自然や地理、質素な山家生活等に関する描写の一つ一つがとても興味深く感じられ、うん、年を取るというのはこういうことなんだなあ。

さらに、舞台となる木曾路の宿場町は、江戸から明治への大きな時代の変化を庶民感覚で捉えるのに最適な場所の一つであり、教科書的な知識しか持ち合わせていなかった勤王佐幕の対立関係や江戸時代末期における宿場制度の仕組み、明治維新の評価等について、庶民目線からより理解を深めることが出来る。

まあ、第二部下巻における主人公半蔵の悲劇的な末路に関しては、とても小説的とは思えず、ちょっぴり当惑しながら読み続けたのだが、読了後、藤村の父親が主人公のモデルになっていることを知って一気に納得。上は天皇から下は自分の子どもに至るまで、決して叶わぬ“片思い”をしつづけた主人公の人生は、哀れではあるがとても共感できるものだった。

ということで、舞台となる木曽路に関する描写の数々は、山歩きを趣味にする人間にとっては堪らない本書のもう一つの魅力であり、メインとなる馬籠〜妻籠間は是非とも十曲峠からの上りで歩いてみたいなあ。また、半蔵が子どもの頃から眺めて育ったという恵那山は日本百名山にも選出されているそうであり、こちらも近い将来歩いてみようと思います。