熊野古道(第4日目)

今日は、新宮市にある速玉大社を参拝した後、列車を乗り継いで帰宅する予定。

当初の計画では割愛せざるを得なかった「速玉大社」だが、計画変更により昨日のうちに「那智大社」に参拝できてしまったので、急遽、訪問を決定。ザックに入っていた残り物の行動食で朝食を済ませてから紀伊勝浦駅に向かい、途中、勝浦漁港に寄り道してから“青春18きっぷ”を使って午前7時18分発の始発電車に乗る。

新宮駅からはバスも出ているのだが、歩いても15分と妻に告げると躊躇することなく徒歩を選択し、人通りの少ない町中を歩いて「速玉大社」に到着。上空にはきれいな青空が広がっており、社殿の鮮やかな朱色や樹木の深い緑と相まって、とても気持の良い空間を作り出している。

しかも、これでめでたく“熊野三山”をコンプリートすることが出来た訳であり、妻の体調(&ご機嫌?)を考慮しても、変更後の計画の方が当初のものよりずっとスマートだったような気がする。当然、これには妻も同意見であり、2回目の“青春18きっぷ”の旅を企画する上でとても良い経験になった(?)。

さて、その後は町中でお土産を購入する予定だったのだが、日曜日の早朝ということもあってお店がほとんど開いていない。ようやく見つけた「香梅堂」という老舗風の煎餅屋(?)に入って何点かお土産を購入するが、“あんまり熊野らしくないよね”というのが妻のコメントだった。

そこから駅に向かう途中、「浮島の森」という表示が目に入ったのでちょっと寄り道してみることにする。@100円の入場料を取られるのだが、話し好きの管理人さんの説明によると昔は(直径?)1kmくらいの大きな池に泥炭で出来た島が浮いており、それが風の力でフラフラ移動する様子が見られたとのこと。

戦後の食糧難のために池が埋め立てられてしまい、現在では島の回りを水路が取り囲んでいるようにしか見えないが、今でも大雨等で水位が上昇すればそれに伴って島も上下するそうであり、そんな講釈を伺ってから浮島に上陸。いろいろ珍しい植物も生育しているらしいが、植物オンチの我々にはその面白さが理解できず、10分程で島を一周してしまった。

その後、駅前の「café JOYFUL」という喫茶店で時間を潰し、10時52分発多気行の普通列車に乗り込む。ロングシートの各駅停車だが車窓からの眺めは素晴らしく、紀伊半島の海岸線の様子が良く見える。多気で乗り換えた快速みえ16号は、一部私鉄区間を走るために@510円の追加運賃が必要になるが、それでも新宮から名古屋まで5時間以上かかった。

ということで、名古屋から品川までは新幹線のぞみを使ってワープさせて頂き、18時30分品川発の快速アクティーに乗り換えて20時33分に宇都宮まで戻ってくる。3泊4日という久しぶりの長旅だったが個人的な評価はほぼ満点であり、完歩こそ出来なかったものの、熊野古道中辺路の魅力は十分堪能できたと思う。さて、次はどこを歩いてみましょうか。

熊野古道(第3日目)

今日は、当初の計画を変更して発心門王子までバスで向かい、そこから本宮大社まで歩く予定。

朝起きると窓の外には小雨が降っており、やはり昨夜の計画変更は間違っていなかったらしい。午前6時半にお願いしておいた朝食を食べてから身支度を整え、7時38分発のバスに間に合うように宿を出る。そのときには上がっていた雨も、「野中一方杉」のバス停でバスを待っている間に再び降り出してしまい、う~ん、今日も一日こんな感じが続くのかなあ。

さて、我々と一緒にそこからバスに乗り込んだのは例の外国人カップルと単独行の女性の3人だったが、彼らは2つ目の「小広峠」で降りてしまい、そこから歩いて本宮大社を目指すらしい。このときはまだ若干の後ろめたさ(?)が残っていたが、その後、バスは湯の峰温泉へと進んでいき、車窓から世界遺産の「つぼ湯」を見つけるとすっかり観光客気分へシフトチェンジ。

湯の峰温泉のバス停からはザック姿の人々が何組も乗り込んできたが、途中で降りるのは少数派であり、残りの方々と一緒に8時46分に「発心門王子」のバス停に着く。心配だったので空のペットボトル2本に水を入れてきたが、そこには自販機やトイレ、休憩所が整備されており、とりあえず雨も上がっているということで元気百倍。

身支度を整えて9時にバス停を出発し、まずは本宮大社とは反対方向へ歩いて行くと間もなく「発心門王子」(9時4分)に着く。そこには赤いお社だけでなく、「滝尻王子」で見たのと同じような世界遺産の石碑が建てられており、おそらくここも熊野古道の要所の一つなんだろう。

9時13分に先程のバス停まで引き返し、今度は本宮大社に向かって歩いて行く。昨日の山道とは違って道は極めて良好に整備されており、うん、これなら観光客気分で歩いても全く問題はないだろう。「水呑王子跡」(9時35分)には、以前、NHKの番組で紹介されていた「腰痛の地蔵」が立っており、TVで見た作法に従って持病である腰痛の快癒を祈願した。

そのしばらく先にあるお地蔵さん(9時52分)も同じ番組で紹介されていたものであり、今日は赤い前掛けを着けている。その先の無人販売所(10時2分)で無農薬のシールが貼られたほうじ茶(@500円)を購入すると、間もなく「伏拝王子跡」(10時13分)であり、併設されている休憩所で梅ジュースとしそジュース(@200円)を飲みながら一休み。

その先からは次第に民家は少なくなり、「熊野古道小辺路 高野へ約78km」の標識がある「九鬼ヶ口関所」(10時41分)の門を潜って最後の山道に入る。ここのハイライトは“ちょっとより道”の看板(11時1分)を左手に入った先にある展望台(11時6分)であり、ここからは大斎原の大鳥居を遠くに眺めることが出来る。

おそらく当初の計画通りに継桜王子からここまで歩いていたら、疲労困憊の故、この展望台はパスしていた可能性が高く、この遠望を笑顔で楽しむことも出来なかったに違いない。そう考えると発心門王子までバス利用に切り替えたのは大正解であり、幸い、ここまで何度かパラついた雨も雨具を出すほどの降りにはならなかった。

さて、ここまで来てしまえばあとは本宮大社まで下っていくだけであり、「祓殿石塚遺跡」(11時22分)~「祓殿王子跡」(11時27分)と歩いて11時29分に「本宮大社」の裏門(?)を潜る。ここから先は完全に観光客の世界であり、彼らに混じって立派な社殿を見て回るが、やはりいつものように正面から入るのとでは少々勝手が違うなあ。

その後、参道入り口の鳥居まで下りてくると、大きなザックを背負った我々の姿を見た地元のおばちゃんが“ご苦労様”と言いながら近づいてきて二人並んだ写真を撮ってくれる。その後、先程展望台から眺めた巨大な大鳥居の建つ「大斎原」(11時56分)まで往復すれば、本日の古道歩きはこれにて完了であり、ここまでの総歩行距離は9.2kmだった。

といってもまだ時刻は早いので、近くの「いっぷく」というお店でめはり寿司&うどんの昼食を済ませた後、13時20分発のバスに乗って「那智大社」に向かう。途中、2度ほどバスを乗り換えねばならず、その上、熊野交通ではICカードが使えないので運賃の支払いにも難儀をしたが、スマホに入れておいた「バスNAVITIME」というアプリはとても良く出来ており、これがなかったらスムーズな乗換えは難しかったかもしれない。

さて、「大門坂」を通り越して終点の「那智山」でバスを降りるが、大社まではまだ石段を上っていかねばならず、すっかり気が抜けてしまった妻はちょっと苦しそうな様子。そうして着いた「那智大社」の社殿はやはりとても立派だが、俺の趣味からすれば先程見たばかりの「本宮大社」には全く敵わない。

しかし、こちらには別の特典(?)が用意されており、それが境内から楽しむ「那智の滝」の眺望。赤い三重の塔の向こうに見える滝の姿はこれまで何度も映像等で見てきたものであり、多くの観光客に混じってそんな絶景を何枚も写真に収めた後は、滝を目指して坂道を下りていく。

重いザックを背負ったまま石段を上り下りするのは大変だが、ようやく「那智の滝」の正面にたどり着いてホッと一息。と思ったら、滝の左手にある朱色の「お瀧拝所」なるものが目に入ってしまい、@300円を支払ってそこへの階段を上っていく。しかし、この場所から間近に眺める滝の姿はまた格別であり、うん、頑張って良かったね。

その後、可愛い八咫烏の置物を購入してから「那智の滝前」でバスに乗り、今度は乗り換えることも無く紀伊勝浦駅に到着。今夜の宿である「民宿こいで」(=2人でわずか5,940円)までは少し歩かなければならなかったが、値段の割にはとても清潔な施設であり、さっそくシャワーを使って一日の汗を流させて頂いた。

ということで、夕食はマグロ料理で有名な「桂城」というお店に行ったのだが、@3,000円のおまかせコースを美味しく頂いていると、突然、店先でマグロの解体ショーが始まる。マグロを持たせてもらったり、スシを握らせてもらった妻は大満足の様子だったが、“今回の旅行で一番記憶に残るのはマグロの解体ショーかもしれない”というのはちょっと困ります。
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熊野古道(第2日目)

今日は、いよいよ熊野古道の前半部分である滝尻王子~継桜王子間を歩く予定。

今回の最大の不安材料は今日と明日の天候であり、予報によると両日ともそれなりの降雨は避けられない模様。当然、雨具や途中のバス停の情報等、事前準備に怠りはないが、出来れば雨が降り出す前に次の宿にたどり着きたいところであり、頭の中にてるてる坊主をイメージしながら宿を出る。

さて、紀伊田辺駅前のバス停で午前6時25分発の始発バスを待っていたのは外人さんカップルと我々の2組だけ。それに途中のバス停で静岡からいらしたという御夫婦連れが加わり、3組そろって7時過ぎに着いた滝尻王子のバス停で降車する。

バス停から数分歩いたところにある「滝尻王子」が現在の中辺路ルートの出発点であり、質素なお社の手前には「世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道」と刻まれた立派な石碑が建っている。幸い雨はまだ降り出していないものの、他の2組はなかなか出発しようとせず、仕方がないので我々が先頭を切って7時14分に歩き出す。

しかし、いきなりの上り坂の故、スロースターターの妻は辛そうな表情であり、途中で立ち止まって休んでいるところを後ろから来た静岡組に追い越される。この後もこのカップルとは牛馬童子口にある道の駅まで付かず離れずを繰り返すことになるが、だいたい彼らが休んでいるところに我々が到着し、間もなく彼らが出発するというパターンの繰り返しであり、道の駅の先からは全く追い付くことが出来なかった。

さて、最初の目的地である「胎内くぐり」には7時30分に到着する。中に入るつもりは無かったが、静岡組のお二人が果敢に挑戦しているのを見て方針を変更し、彼らに続いて何とか狭い穴から這い出ることに成功。しかし、そこをパスした妻と合流するとザックのサイドポケットに入れておいたペットボトルを紛失していたことが判明し、その回収のために二度目の胎内くぐりを体験することになってしまった。

次の「乳岩」は「胎内くぐり」の出口を少し戻ったところにあり、妻に教えてもらわなければ見逃していたかもしれない。その後も上り坂は続くが、「不寝王子」(7時43分)を過ぎて「剣ノ山経塚跡」(8時14分)に着くと、近くの木の幹に「剣ノ山371m」の山名板が掛っており、ようやくその先から傾斜が緩やかになる。

昨日、列車の中で斜め読みした小山靖憲著の「熊野古道」によると「古道を歩いて暗いと感じるのは、新たに杉や檜を植林した人工林の道であって、古来の自然林の道は明るく快適なのである」とのことであるが、その自然林が残っているのはほんの僅かばかり。そんな暗い人工林の中を歩いていると、例の外国人カップルにあっと言う間に追い越される。

さて、ここまで何とか持ってくれていた天気の方も、「針地蔵尊」(8時49分)を過ぎた頃からやや雨脚が強まってしまい、やむなく雨着の上とザックカバーを装着する。そんな中をNHKの電波塔(9時6分)~「夫婦地蔵」(9時8分)と歩いて行くと9時19分に「高原熊野神社」に到着し、ホッと一息。

その先には立派な休憩所も用意されており、そこの自販機でペットボトル1本を補給する。しばらくは民家が点在する中を歩いて行くが、水場の先から再び山道となり、「一里塚跡」(10時2分)~沼(10時19分)~「大門王子跡」(10時30分)と歩いて行く。「高原熊野神社」附近ではやや弱まった雨脚もこの頃には本降りとなり、十丈王子手前の古い休憩所(11時10分)に入ってしばし雨宿り。

正直、雨の中を歩くのは全く面白くない(=その上、小止みになるとブヨの襲来!)のだが、エスケープポイントとなる牛馬童子口バス停まではまだ相当距離がある。仕方がないので「重點(十丈)王子跡」(11時31分)~「小判地蔵」(11時45分)~「悪四郎屋敷跡」(11時51分)~「一里塚跡」(12時15分)~「上多和茶屋跡」(12時28分)~「三体月伝説」(12時51分)~「大阪本王子跡」(13時17分)と歩き続け、13時35分にようやく牛馬童子口バス停のある道の駅に到着する。

雨が強いときには左手に傘、右手にストックというスタイルで歩いたのだが、道の駅に着いた頃には雨は上がっており、そこで楽しみにしていた“めはり寿司”を頬張っているうちに元気は回復。折角雨が上がってくれたのだからということで、再び終点の「継桜王子」を目指して歩き出す(14時11分)。

いくつ目かの「一里塚跡」(14時27分)を過ぎると、いよいよ“熊野古道のアイドル”と呼ばれる「牛馬童子像」(14時31分)とのご対面。小山氏の「熊野古道」によると「並んでたつ役行者像と同じ明治24年(1891)ごろのもの」とのことであり、歴史的な価値はほとんど無いのだが、とりあえず妻には秘密にしておこう。

その先の坂道を下りていったところにあるのが「近露王子跡」(14時55分)であり、ここから先はほとんど舗装された道を歩いて行く。しかし、近露の集落は決して大きなものでは無く、そこを抜けると地味に長~い上り坂が何度も出てくる。街中の道をぶらぶら歩いて行くつもりだった妻はおそらく“騙された”と思っているだろうが、もう後の祭りである。

そんな舗装道路歩きも「比曽原王子跡」(15時56分)を過ぎればもう少しの辛抱であり、16時18分に待望の「継桜王子」に到着する。最後の力を振り絞って長い石段を上っていくと、狛犬に守られた赤い祠が建っており、今日一日、無事に歩いてこられたことを感謝しながらご参拝。夫婦共々ちょっとした達成感に浸る。

さて、本日の宿である「民宿 のなか山荘」(=2人で19,000円)まではここから1.6kmほど下っていかなければならないのだが、「継桜王子」のベンチから電話してみると「野中の清水」の前まで車で迎えに来てくれるとのこと。この区間熊野古道に含まれていないので有り難くご厚意に甘えさせて頂き、あっと言う間に宿に到着。本日の総歩行距離は18.5kmだった。

ということで、雨に濡れた衣類を洗濯機にかけ、シャワーで汗を流してから明日の天気予報を調べてみると、う~ん、やはり正午過ぎまで雨のマークが並んでいる。正直、雨の中を長時間歩くのはもうコリゴリであり、バスを使って発心門王子までワープする手抜き策を提案したところ、満場一致で了承。ちなみに、本日の宿泊客は我々を含めて2組だけだったが、もう一組は例の外国人カップルであり、このお二人とは翌日の「桂城」まで何度も顔を合わせることになります。
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熊野古道(第1日目)

今日は、妻と一緒に熊野古道巡りの旅に出掛ける日。

2年前に妻&娘と一緒に木曽路を歩いて以来、次に歩くのは熊野古道と決めていたのだが、40km弱の中辺路ルートを二日間かけて歩くだけならそれほど大変なこととは思えない。そこでプラスアルファとして思い付いたのが、これも以前から興味のあった“青春18きっぷ”の活用であり、両者を組み合わせて3泊4日の“完璧”なスケジュールを作成してみた。

それによると、本日のノルマは列車を乗り継いで最初の宿泊地である和歌山県紀伊田辺駅にたどり着くことであり、akippaで予約しておいた駐車場に車を置いて午前4時37分宇都宮発の始発電車に乗り込む。海外旅行ではないものの、個人的には憧れのバックパッカー気分であり、出来ればグリーン席の利用は自粛したいところだが、付き合ってくれる相方のことを思うとそういう訳にもいかない。

さて、熱海と沼津での乗換え時間がともに3分しかないのでちょっと不安だったが、熱海での乗換えは降りたホームの反対側だったので楽々セーフ。しかし、沼津ではそうはいかず、通勤客で混雑する階段を他人に迷惑のかからない程度のスピードで上り下りし、発車のベルが鳴り響く中をようやく目的の列車に飛び乗る。う~ん、JR東海って最低だね!

しかし、そんな緊迫したシーンはそこだけであり、その後、豊橋~大垣~米原とスムーズに列車を乗り継いで15時38分に新大阪に到着。当初の計画ではこの後も普通列車を乗り継いで19時56分に紀伊田辺に着くはずだったが、妻からの“遅すぎる”との意見を容れて計画を変更。いっぺん改札口を出て16時15分発の特急くろしお19号の乗車券と自由席特急券を購入し、それに乗って18時33分に紀伊田辺に到着した。

ということで、最後は特急列車を使ってしまったが、宇都宮から新大阪まで計画どおり普通・快速列車を乗り継いで来られたのだから、“青春18きっぷ”初心者としては上々の出来。今夜の宿泊先は、バックパッカー気分で予約した「ゲストハウス熊野」というリーズナブルな宿(=2人でわずか5千円)だが、寝るだけなら何の不満も無く、旅の疲れもあってぐっすり熟睡することが出来ました。

ピッチ・パーフェクト ラストステージ

2017年
監督 トリッシュ・シー 出演 アナ・ケンドリックレベル・ウィルソン
(あらすじ)
バーデン大学を卒業し、念願の音楽プロデューサーになったベッカ(アナ・ケンドリック)だったが、なかなか自分のやりたいような仕事はさせてもらえず、カッとなって職場を飛び出してしまう。久しぶりに再会したベラーズの元メンバーたちもかつての栄光が忘れられない様子であり、そんな彼女らにベラーズを再結成してUSO(米軍慰問団)の海外ツアーに参加するという話が持ち上がる…


ピッチ・パーフェクト2(2015年)」に続く人気シリーズの第3作目。

USO(米軍慰問団)の海外ツアーにはベラーズ以外にも数組のバンドが出演しており、そこでのパフォーマンスが人気DJキャレドに認められれば、彼のステージで前座を務めることが出来るらしい。この“前座に選ばれるか否か”っていうところが前2作における“コンテストでの優勝争い”の代わりになっているのだが、当然、トーナメント形式で争う訳ではないので前2作のような緊張感は、正直、あまり伝わってこない。

しかも、当然、他のバンドは楽器をはじめとする様々な機材を使用している故、そのサウンドは重厚かつ多彩であり、アカペラ一本のベラーズにとっては不利な戦いにならざるを得ない。困ったベッカは自分たちも楽器を使おうと言い出すのだが、う~ん、それってベラーズ自体の全否定に繋がってしまうんじゃないのかなあ。

まあ、そんな訳もあって前2作に比べると“音楽”の比重は少なくなっており、それを補うべく挿入されているのが太っちょエイミー(レベル・ウィルソン)の父親に関するエピソード。彼は国際指名手配されている悪党であり、エイミーの母親が遺した大金を横取りするためにベラーズのメンバーたちを誘拐してしまうのだが、彼女とベッカの活躍によって無事救出に成功する。

しかし、本シリーズのファンが見たいのはそんな中途半端なアクションシーンでなく、あくまでも楽しくて華やかな音楽パフォーマンスであることは言うまでも無い。正直、こんな水増し的エピソードに頼らなければ一本の映画が作れないというのは悲しいことであり、残念ながら人気シリーズの掉尾を飾るという訳にはいかなかったようである。

ということで、結局、DJキャレドの前座に選ばれたのはベラーズではなく、ベッカ個人という結末は、先日拝見した「ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール(2014年)」のラストに似かよっているのだが、こっちはベッカのステージ上にベラーズのメンバー全員を引っ張り上げての大団円。まあ、このへんの“あざとさ”がハリウッド映画らしいところなのでありましょう。

バジュランギおじさんと、小さな迷子

2015年
監督 カビール・カーン 出演 サルマーン・カーン、ハルシャーリー・マルホートラ
(あらすじ)
インドのデリーで暮らしているパワン(サルマーン・カーン)は、町中で出会った口の利けない迷子の幼女(ハルシャーリー・マルホートラ)になつかれてしまい、やむなく居候先の家に連れて帰る。その後も手掛かりがつかめずに困っていたところ、TVでクリケットの国際試合を見ていた彼女がインドではなく、相手方のチームを応援していることに気付いて吃驚仰天。何と彼女は異教徒のパキスタン人だった…


娘のリクエストにお応えして、バーフバリ二部作以来となるインド映画を鑑賞。

映画の冒頭では、パキスタンカシミール地方に暮らしていた6歳の少女シャヒーダーが母親と一緒にデリーのニザームッディーン廟を訪れ(=勿論、その目的は彼女の口が利けるようになることの祈願)、帰国の際に迷子になってしまう様子がきちんと描かれており、観客は、そうとも知らずに彼女を自宅に連れ帰ってしまう主人公パワンのお人好しぶりを、しばらくの間、ニヤニヤしながら見守ることになる。

彼の別名である“バジュランギ”というのは、彼の信仰しているハヌマーン神のことを指しているそうであり、その性格は「正直、忠実で勇敢にして親切」。本作の後半、パワンがシャヒーダーを連れてパキスタン密入国しようとするときには、このバカ正直さが様々な障害になるのだが、迷子になったシャヒーダーが見ず知らずのパワンに救いを求めたのもそのバカ正直さの故であり、結局、それが人々の心を動かして最上のハッピーエンドを迎えることになる。

まあ、現実社会ではこんなバカ正直さが幸福に結びつくことは極めて稀であり、洋の東西を問わず、その傾向はますます強まっているような気がするのだが、本作はそのような傾向を好ましく思わない人々の“祈り”であり、それが「インド映画世界歴代興行収入第3位」の座をキープしているというのは、とても喜ばしいことだと思う。

ということで、本作の祈りの対象となっているもう一つの問題は、カシミール地方を巡るインドとパキスタンの領有権争い。残念ながら、インドのモディ首相の強硬姿勢によって再び両国間の緊張が高まっているようであるが、これは決して他人事ではなく、徴用工問題への意趣返し的な輸出規制強化によって韓国との関係悪化を招いた我が国政府からも同じ腐臭が漂ってくる。こうした隣国との対立を煽る行為が政権の支持率アップに繋がるというのはとても危険な状況であり、早急に輸出規制強化を撤回した上で関係修復に務めるべきでしょう。

ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール

2014年
監督 スチュアート・マードック 出演 エミリー・ブラウニング、オリー・アレクサンデル
(あらすじ)
スコットランドグラスゴー。拒食症の治療のために入院しているイヴ(エミリー・ブラウニング)の唯一の楽しみは、ラジオから流れてくる音楽を楽しむこと。ある日、病院を抜け出して町のライヴハウスにやって来た彼女は、そこで出会ったギタリストのジェームズ(オリー・アレクサンダー)や彼の知人であるキャシーと意気投合し、彼ら一緒にオリジナルの音楽を作り出そうとするのだが…


ロックバンドのメンバーが脚本・監督を担当したという“青春ミュージカル映画”。

ラ・ラ・ランド(2016年)」や「グレイテスト・ショーマン(2017年)」の大ヒットにより第何次目かのミュージカル・ブーム到来と期待しているのだが、なかなか思うように新作が公開されずストレスは溜まる一方。仕方がないので何か未見の作品はないかと調べてみたところ、引っ掛かってきたのがこの作品であり、音楽がテーマだということ以外は全く予備知識無しの状態で鑑賞に臨む。

さて、内容は完全な青春映画であり、主人公イヴの主治医である中年女性を除くと、主要な登場人物は男も女も若者ばかり。おまけに彼女らのファッションから街並みに至るまで、映し出される映像はとにかくお洒落な感覚に溢れており、正直、還暦過ぎのオヤジが一人で見るのには少々気恥ずかしい気分が無きにしも非ず。

これで音楽がパンクロックか何かだったらそこに救いを求めるところだが、本作の主人公たちの求めている音楽はもっとポップで耳ざわりの良いものであり、やっぱりお洒落な感覚に満ち溢れている。まあ、決して嫌いという訳ではないが、そこは還暦過ぎのオヤジとは無縁の世界であり、主人公たちの“自分探しの旅”を暖かく見守るばかり。

結局、主人公のイヴがロンドンの音楽学校に入るため、ジェームズやキャシーを残したまま一人で故郷を後にするところで終るのだが、そんな音楽版「青春群像(1953年)」的な展開がいま一つ腑に落ちないのも、そのハードな結末が本作のお洒落な感覚と上手くマッチしないからなのかもしれない。

ということで、残念ながら満足度という点では低評価とならざるを得ないところだが、その責任はもっぱら当方にあり、20代くらいまでの人が見れば結構楽しめるんじゃなかろうか。一番悪いのは、中高年にも楽しめるようなミュージカル映画の新作を公開してくれないハリウッドであり、ベンジ・パセクとジャスティン・ポールのソングライター・チームは今頃何をしているのでしょうか。