松本清張全集3

ゼロの焦点」と「Dの複合」という2編の長編を収録。

ゼロの焦点」は、これまで映画やTVドラマで何度となく映像化されてきた著者の代表作の一つなので題名くらいは知っていたが、おそらく真面目に鑑賞したことは一度もないハズ。見合い結婚後、半月もしないうちに謎の失踪を遂げてしまった夫を探すため、美しきヒロインが古都金沢に向けて旅立つというストーリーは、う〜ん、何だかTVの2時間ドラマみたいだなあ。

勿論、そんな印象は順序が逆であり、もはや定番過ぎてギャグにもならない日本海の“断崖”を含め、本作の成功がそういった玉石混淆の亜流を生み出してきた訳であるが、今となっては著しく新鮮味に欠けてしまうのは仕方ないところ。それは、今の若者が「マッドマックス(1979年)」を見たときに感じるであろう感覚と同じであり、まあ、“嚆矢”と呼ばれる作品の持つ宿命みたいなものなんだろう。

探偵役を若き人妻に割り当てたのも、真犯人の、「敗戦によって日本の女性が受けた被害が、13年たった今日、少しもその傷痕が消えず、ふと、ある衝撃をうけて、ふたたび、その古い疵から、いまわしい血が新しく噴きだした」と表現される哀しい犯行動機への“共感”をより深く表現するための工夫であり、決して読者に媚びるため(だけ)ではないと思う。

ちなみに、犯人がヒロインの夫を自殺に見せかけて殺害したトリックの謎を、ヒロインがほとんど何の手掛かりもなしに推理だけで解明してしまうのには少々驚かされたが、それも、最後のクライマックスの舞台となる断崖へと駆け付けるヒロインのスピード感を損なわないようにするためのやむを得ない配慮だったのだろう。

もう一つの「Dの複合」も連続殺人事件がテーマとなった推理モノであるが、こちらは遊び心が満載のユニークな内容であり、売れない小説家とその担当編集者のコンビが繰り広げる珍道中の描写がとても面白い。特に、何でも計算しないではいられないという“計算狂”の美女のキャラクターが秀逸であり、彼女の出現によってストーリーは意外な方向へと進展していく。

実は、「ゼロの焦点」を読んでいる最中、(早くも?)推理小説に対するマンネリ感みたいなものが気になってしまったのだが、浦島・羽衣伝説や補陀洛国伝説を取り上げた本作の導入部は、伝奇SFを読んでいるような不思議な雰囲気を有しており、そんなマンネリ感を吹き飛ばすのには正にうってつけ。さすがに良く考えられて収録作品が選ばれているなあと感心させられてしまった。

ということで、全集を読む場合、第1巻から順番に読んでいくのが本当に正しいのかは不明であり、推理モノ→歴史モノ→ノンフィクションといった具合にそのときの雰囲気で順不同に読んでいくのもアリなんだと思う。次の第4巻は「黒い画集」という短編集らしいのだが、ひょっとすると別のジャンルのつまみ食いに走るかもしれません。