中世の秋

オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガが1919年に発表した古典的名著。

冒頭で「この書物は、十四、五世紀を、ルネサンスの告知とはみず、中世の終末とみようとする試みである」と著者自らが述べているとおり、本書は初期フランドル派の画家ヤン・ファン・アイクが活躍した中世後期の社会や文化の様相を解き明かそうとするものなのだが、静寂感の漂う書名とは裏腹に、彼の描く中世の暮らしぶりはかなり極端であり、「人生の出来事は、いまよりももっとくっきりとしたかたちをみせていた」。

確かにキリスト教の影響は絶大であったが、「生活の全体が宗教に侵されて」いるような状態では「聖、俗それぞれの領域は、とうていこれを明確に境界づけること」は出来ず、中世人の意識にあっては「敬虔にして禁欲的な人世観」と「ますます奔放に、悪魔にすっかり身をゆだねることになった」世俗的人生観という「ふたつの人生観が、よりそいあって存在していた」。

そして、より美しい世界を求めながらも「世界そのものの改良と完成をめざす道」を知らなかった中世の人々が選んだのは「夢みること」であり、彼等の「日常の生活には、燃えさかる情熱と子供っぽい幻想とをいれる余地が、つねにじゅうぶんに残されていた」。「君侯の生活には、冒険と情熱の雰囲気がみなぎって」おり、一方の民衆にも「君候への誠実」が「はげしい感情の動きとして作用していた」。

まあ、かなり恣意的なつまみ食いになってしまったが、以上が(俺が本書から読み取ることの出来た)中世後期の時代的雰囲気であり、社会全体が巨大な閉塞状態に置かれていたとしても、人間の生のエネルギーの総量みたいなものは変らないもんだなあ、というのが正直な感想。

進歩という概念を知らなかった中世の人々の生のエネルギーは、貴族たちの頭の中で、かつての十字軍の栄光を夢みる「騎士道理想」として噴出し、十四世紀のなかば以降、騎士団の設立が流行することになるのだが、それは同時に「国家の利害すらも余興のたねと心得るたぐいの高くつくおあそび」であり、結局は「重大きわまる戦争事業」にも結びつく。う〜ん、これって現政権が深く関与している日本会議とそっくり同じ構図なんじゃなかろうか。

ということで、著者の考察は広範囲に渡っており、論点ごとに多くの興味深いエピソードが紹介されている等、ボリュームは満点。俺の頭では全ての内容を記憶に止めておくのは到底無理だが、教会が偶像崇拝を認容した理屈(=キリスト降誕によって「神御一方のみが霊」であるという禁令の前提条件が崩れた。)を知ることが出来たのは大きな収穫であり、また「人間の言葉は、恐怖のヴィジョンほどに鋭いヴィジョンを、幸福については作りだすことができない」、「諺は、反抗を説かず、あきらめを勧める」というような名言も豊富。いずれ同じ著者の「ホモ・ルーデンス」を読んでみるつもりです。