予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語

ガブリエル・ガルシア=マルケスの二冊目。

最初は別々に出版された100ページ程の中編小説と12編の短編集とから成る本であるが、もちろんお目当ては著者が最高傑作と自認する前者の方であり、殺人事件の被害者であるサンティアゴ・ナサールの友人だった“わたし”が、事件から約30年後、当時の関係者から聴取した事件の詳細をまとめたものという体裁をとっている。

犯行自体は比較的単純であり、双子の兄弟が自分たちの妹の貞操を奪った男を刺殺したという内容なのだが、実はこの事件には大きな謎が潜んでおり、それは「町中のほぼ全員が殺人が行われようとしていることを知っており、かつ、犯人自身も誰かに犯行を止めてもらいたがっていたにもかかわらず、何故、殺人を防げなかったのか」ということ。

要するに、双子の動機は「妹の名誉を守るため=世間体」であり、それさえ担保されれば実際に(親しい知人でもある)サンティアゴ・ナサールを殺す必要はなかったのだが、結局、その土地ならではの風土と些細な偶然の積み重ねによって誰も望まなかった殺人が現実化してしまう。それはもう運命としか言いようが無い訳であり、う〜ん、これこそがマジック・リアリズムの極致なのかもしれないなあ。

実は、この作品は著者が実際に住んでいた町で起こった殺人事件がモチーフになっており、ジャーナリスト出身の彼は、最初、ノンフィクションとして取り上げようとしたらしいのだが、当時のスペイン語圏では当該ジャンルが未発達だったのと、関係者に対するプライバシー面での配慮の必要から、約30年後に小説の形で発表されたとのこと。

しかし、その熟成期間は決してムダにはなっておらず、「自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた」という衝撃的な文章から始まる物語の完成度はまさに完璧。自由奔放さが印象的だった「百年の孤独」に対し、本作からは考え抜かれた文章構成の巧みさみたいなものが強く感じられた。

ちなみに、この事件にはもう一つ「実際に双子の妹の貞操を奪ったのは誰か」という謎が残されており、殺されたサンティアゴ・ナサールは無実だった可能性が極めて高いらしい。それにもかかわらず、こちらの“真犯人”に対する著者の無関心さは少々奇妙であり、ひょっとすると何か身に覚えでもあったのではないかと邪推してしまいそうになった。

ということで、短編集の方には著者がバルセローナで暮らしていた頃に思い付いたテーマを題材にした作品が収められており、特別附録の「ラテンアメリカの孤独」という1982年度ノーベル文学賞受賞講演録と併せて読むとなかなか味わい深いものがある。しかし、彼の本領が長編小説にあることは間違いなく(?)、次は「族長の秋」を読んでみる予定です。