松本清張全集30

ノンフィクション作品の「日本の黒い霧」を収録。

順番通りなら「草の陰刻」という耳慣れない長編小説を収録した第8巻を読むべきところなのだが、ちょっとした箸休めの気分で本作を先に読んでみることにした。こちらは非常に有名な作品ということで名前だけは聞いており、題名のイメージから政界や官僚の汚職問題を取り扱っているのだろうと想像していたが、これは全くの勘違いだった。

では何を取り上げているのかというと、何と敗戦後のGHQによる占領期に起きた怪事件の数々であり、「下山国鉄総裁謀殺論」から「謀略朝鮮戦争」まで12編の作品が収められている。そしてその重要な背景の一つとして度々言及されているのがGHQ内部におけるG2(参謀部第二部・作戦部)とGS(民政局)との対立。

特に、ソ連中共の躍進を阻止するために我が国を反共の防波堤として利用したいと考えていたG2は、共産党労働組合に対する国民のイメージを悪化させるために下山事件松川事件白鳥事件といった事件の背後で暗躍し、“共産主義者は何を仕出かすかわからない危険な人たち”という印象を国民の意識に深く植え付けることに成功する。

最後の「謀略朝鮮戦争」の終わりの方で、著者は「中国と日本が不仲であることは、日本人に絶えず国際的な緊張感を持たせるのに役立つ。自衛隊は日本を防衛するというそれ自体の任務よりも、アメリカの極東における補助戦闘力となっている。新安保条約が、その鉄則の役割を演じる。このことが崩されないためには、アメリカは日本国民に絶え間なく共産勢力の恐怖を与えつづけねばならない」と書いているのだが、一部の保守主義者が騒ぎ立てているWGIPなんかよりもこちらの方を心配したほうが余程有益なことだと思う。

一方、本作の性格上、(あくまでも米国の利益優先という大前提の下ではあるが)理想主義的なニューディーラーが中心になって我が国の徹底した民主化を目指していたというGSの活動内容に関してはほとんど触れられておらず、う~ん、こちらについては別の本を読んで知識を補填しておく必要がありそうである。

ということで、本書の最大の特徴は、著者が小説家らしい推理力を遺憾なく発揮していくつもの大胆な結論を導き出しているところなのだが、まあ、それが仇になって「革命を売る男・伊藤律」のように現在では“要注意”とされている記述も少なくないらしい。それへの反省から生まれたのが後の「昭和史発掘」ということになるのだろうが、慎重になりすぎて何も書けないというのも大問題であり、個人的には本作における著者の手法を大いに支持したいと思います。