重力の虹

アメリ現代文学を代表する小説家の一人であるトマス・ピンチョンの代表作。

以前から気になっていた作品の一つなのだが、先日拝読させて頂いた「一九八四年」の解説で久しぶりに彼の名前を目にしたのを機に挑戦を決意。一筋縄ではいかないことで有名な作品ということでメモを取りながら読み進めた結果、4週間くらいで何とか読了することは出来たものの、う〜ん、やっぱりかなりの難物だった。

さて、最初の舞台になるのは、ナチス・ドイツV2ロケットに怯える1944年冬のロンドンであり、ロケットがいつ落ちてくるか分からない(=落下スピードが音速を超えているため、犠牲者には落下音が聞こえないらしい。)という重苦しい精神的圧迫感の中での生活は「一九八四年」の世界を思わせる。

そんなとき、アメリカから派遣されてきていたタイロン・スロースロップ中尉に、無意識の内にV2ロケットの落下地点を予知する(若しくは、ロケットの軌道に影響を及ぼす)何らかの特殊能力が備わっている可能性のあることが判明し、野心家の心理学者ポインツマンはスロースロップを南仏のカジノに軟禁して禁断の人体実験を行うことになるのだが、その後、ストーリーは無限の枝分かれを繰り返していつしか混沌へ…

翻訳を担当した佐藤良明氏の解説によると、本作の中には(少なくとも?)5つのストーリーが併存しているとのことであり、そこで引用されている池澤夏樹の感想のとおり、「これだけの数の人物が、こんなに複雑な話の中で絡み合いながら、数十ページ(時によっては数百ページ)も離れたシーンで響き合う、それに対応しろと期待されても無理でしょう」というのが正直な本音。まあ、脳のキャッシュメモリが足らなくて困惑してしまったのが俺一人じゃないことが分かって少しはホッとした。

しかし、では読んでいて面白くないのかと問われれば決してそんなことは無く、この壮大な失敗作(?)の中にはスパイ物、SF、メロドラマ、アメコミ、ミュージカル等々の魅力的な要素がぎっしり詰め込まれている。そのため、全体を一体的に把握することは出来なくても、その一部分だけを楽しむことは十分可能であり、特にペクラー父娘の悲劇やラストを飾る00000号の打ち上げシーンの迫力は長く記憶に止まることと思う。

ということで、丁寧な脚注はこの難解なストーリーを読み進める上で大変参考になるのだが、一カ所だけ、00000号に搭載される“シュヴァルツゲレート(=黒装置)”の正体をネタバレさせてしまっているところがあるので注意が必要。正直、あれが無かったらラストシーンの衝撃はさらに大きかったと思います。