長距離走者の孤独

英国人作家アラン・シリトーの短編集。

表題作は映画化もされたとても有名な作品であり、昔から一度読んでみようと思っていたのだが、短編という手軽さが仇となり“いつでも読めるさ”と思っているうちに今日に至ってしまう。正直、あまり老人向けの作品とは思えないが、未読のまま済ませてしまうのも何なので遅まきながら読んでみることにした。

さて、全部で8編の作品が収録されているのだが、やはり一番ボリュームのある表題作が一番面白い。下層労働者階級に育った主人公が感化院においてクロスカントリー選手としての才能を発掘されるものの、周囲の期待を裏切るために目前に迫った勝利を敢えて拒否するという内容なのだが、疾走感のある文体はスリリングな感覚に溢れており、セックス・ピストルズのパンクロックと同様に老人の俺でも十分楽しめる。

まあ、いわゆるアメリカンドリームとは真逆の発想になる訳であるが、英国という階級社会に育った主人公にしてみれば上昇志向というのは家族や仲間に対する一種の裏切りであり、惨めに死んでいった自分の父親の人生を否定しかねないしろもの。彼のとった行動は一般的には“ひねくれもの”の一言で片付けられてしまうのだろうが、オリンピックのメダリストが参議院議員になるよりはよっぽど“誠実さ”を感じるのも事実である。

その他にも下層労働者階級に属する人々の生き方をテーマにした作品ばかり並んでいるのだが、個人的には「ジム・スカーフィデイルの屈辱」がオススメ。階級社会に疑問を抱いているインテリ女性と結婚したマザコンの工場労働者が、自身の意識の低さや向上心の無さを妻から指摘されて結婚生活が破綻してしまうという内容なのだが、こういった知性や教育の格差が現在の反知性主義的風潮を生み出す要因になっているのはまず間違いのないところ。「長距離走者の孤独」の主人公同様、誰にだってプライドは必要なのだろう。

ということで、この短編集が出版された1959年以降、“怒れる若者たち”をテーマにした小説、映画、音楽等は星の数ほど発表されているため、当然、出版当時のインパクトは弱められてしまっているのだろうが、ネオリベラリズムの進展に伴う格差の拡大は新たな下層労働者階級を世界中で生み出しているところであり、本書のテーマは(残念ながら)永遠に不滅ということになるのでしょう。