猿の惑星:創世記(ジェネシス)

娘が修学旅行のために月曜日から長期不在ということで、仕事帰りに妻と二人で「猿の惑星:創世記ジェネシス)」を見てきた。

俺はこのシリーズの熱心なファンという訳ではなく、まともに見たことがあるのも一作目の「猿の惑星(1968年)」くらいのものなのだが、それにもかかわらず、毎日のようにTVのCMで流される猿君の知的な眼差しにすっかり洗脳されてしまったのは、まあ、いつものこととはいえちょっと情けない。

さて、そんな中途半端な予備知識だけで観賞に臨んだ訳であるが、本作に登場する猿君たちは俺が想像していたのよりずっと凶暴そうであり、彼等のリーダーとなるシーザーも、可愛らしかったのは赤ちゃんの頃だけで、成長した後は体力も運動能力もとても人間が敵う相手ではないっていう印象。

そんなこともあって、知性を持つようになった猿君たちと人間とのコミュニケーションに関しては、最初から“ほぼ不可能”という前提でストーリーが出来上がっており、そんな“断絶感”が個人的にはとってもイヤな感じ。一作目に出てきたジーラやコーネリアスとの方がずっと良い人間関係(?)を築けそうな気がする。

ということで、両者のコミュニケーションを困難にしているもう一つの要因は、本作に登場する猿君たちの“成長”があまりにも早すぎる(=人間側が認識を改めるだけの時間的余裕がない。)っていうことなんだけど、これって元々は本作の上演時間を2時間以内に納めるための演出上の必要性から出たものだったんじゃないのかなあ。