加藤周一著作集10「ある旅行者の思想」

断続的に読んでいる加藤周一著作集の10巻目。

中国とアメリカに関する文章は9巻に収められているため、この巻には、イタリア、フランス、ドイツといったそれら以外の国々を訪れた際の旅行記が収められている訳であるが、その書かれている内容は美術から政治、経済へと極めて広範な分野に及び、彼の博識ぶりに改めて驚かされる。

特に力が入っているのが、本書の半分以上を占める「ウズベック・クロアチアケララ紀行」であり、その第一章で当時(=今から50年くらい前)の開発途上地域における工業化と社会主義の関係が“簡単に”紹介されているんだけれど、その説明の“簡潔さ”というか“スマートさ”は正に絶品であり、感動的ですらある。

しかも、そういった格調高い話題の中に、お得意の美術関係の話や、さらにはイタリアの教会の柱の影で女友達と抱擁したとか、ロンドンでフランス娘とテニスをしたとかいうエピソードがさりげなく織り込まれていたりして、正直、もう降参するしかありません。

ということで、先日、俺がこの著作集を全巻読み終える前に彼は亡くなってしまった。まあ、思想家としての加藤周一の評価については俺の手に余るところであるが、この“スマートさ”に関しては彼は間違いなく天下一品であり、おそらくこの点で彼の後を継ぐことのできる人物は当分現れることはないでしょう。