死よりも悪い運命

カート・ヴォネガットが1991年に発表した3冊目のエッセイ集。

発表時期が近いこともあって、最近読んだ「青ひげ」や「ホーカス・ポーカス」への言及が目立つほか、こっちは偶然なんだろうけど、カレル・チャペックのことを「最愛のチェコ作家」と紹介した上で、巻末付録には彼が文学について述べた“魔術的エッセイ”を掲載したりしている。

内容的には、エッセイというよりも彼の講演記録が主なようであるが、どれもこれも着眼点がいかにも彼らしいお話しばかりであり、とても興味深い。そんな中で、俺が個人的に一番ショックを受けたのは、画家としての才能に恵まれていたという彼の亡くなった姉アリスに関する次のようなエピソード。

なんでも、彼女は、例えばローラースケートをはいてルーブル美術館を走り抜けただけで、陳列されたすべての絵をちゃんと鑑賞できるそうであり、ローラースケートの立てる雑音の中から「了解、了解、了解」という言葉が彼女の頭の中に聞こえてくるのだとのこと。芸術的才能に恵まれなかった俺には夢のような話しであるが、混んでいる展覧会でいつまでも絵の前を動こうとしない方に是非とも読んで頂きたいような内容である。

ということで、生前、ブッシュ大統領の政策に絶望していたヴォネガットではあるが、人種差別については「(アメリカは)この点にかけては、ほかのどの国よりも上です。ほかのたいていの国では、てんからそんなことを考えない人が多いのです」とも発言しており、そんな彼がオバマ新大統領の誕生を見ることなく亡くなってしまったのは、とても残念なことと言わざるを得ません。