愛しのタチアナ

1994年作品
監督 アキ・カウリスマキ 出演 マト・ヴァルトネン、マッティ・ペロンパ
(あらすじ)
母親と二人で零細な洋裁業を営むヴァルト(マト・ヴァルトネン)は、彼女の財布から抜き取った金を持って、自動車修理工のレイノ(マッティ・ペロンパー)に修理を依頼しておいた車を引き取りに行く。二人は、その足で試運転を兼ねたドライブ旅行へ出掛けることになるが、その途中、バスの故障で立ち往生していた二人組の女性旅行者から港まで乗せていって欲しいと頼まれる….


ル・アーヴルの靴みがき(2011年)」が面白かったアキ・カウリスマキの佳品。

あらすじだけ読むと、無軌道な不良少年たちの生態を描いた、まあ、よくある青春映画のように思えてしまうのだが、彼等を演じているマト・ヴァルトネンとマッティ・ペロンパーの二人は、公開当時、それぞれ39歳と43歳という立派な中年男。似たような内容であっても、“若さ”という免罪符を持たないこの二人が演じると、ちょっと物悲しい雰囲気の漂うコメディ映画になってしまうのが面白い。

また、ヴァルトはコーヒー中毒のマザコン、レイノはウォッカ瓶を手放すことが出来ないロックン・ローラーという設定であり、さらに、途中から旅の仲間に加わるクラウディアとタチアナ(カティ・オウティネン)の二人も生活に疲れた様子の色濃い中年女ということで、映画らしい華やいだ雰囲気は全くといって良いほど伝わってこない。

形式的にはロードムービーの部類に属するのだろうが、道中、何か印象的な出来事が起きる訳でも無く、ただ単に食って寝るだけ。しかも、ホテルの同じベッドの上で一組の男女が一晩を過ごすにもかかわらず、結局、何も起こらないという程の徹底ぶりであり、これで本当に物語として成立するのか、見ていて次第に不安になってくる。

まあ、だからこそ、隣に座ったレイノの肩におずおずといった感じでタチアナが頭を預ける終盤のあの場面が、深く印象に残る名シーンになるのだが、実際は、そこに至るまでの間、細かな“くすぐり”で観客の興味をつなぎ止めたあたりに一流の落語家の如きアキ・カウリスマキの力量を感じ取るべきなのだろう。

ということで、本作の上映時間は長編映画としては中途半端な62分。さすがのカウリスマキも、この内容ではそれ以上間を持たせることは出来なかったのだろうが、それを商業映画として許容するフィンランド映画界の懐の広さにもちょっぴり感動してしまいました。