薔薇の名前

1986年作品
監督 ジャン=ジャック・アノー 出演 ショーン・コネリークリスチャン・スレイター
(あらすじ)
1327年、北イタリアにあるベネディクト会修道院に二人の男が訪ねてくる。一人は卓越した知性の持ち主として名高いフランチェスコ会修道士バスカヴィルのウィリアム(ショーン・コネリー)であり、もう一人はその弟子である見習い修道士のアドソ(クリスチャン・スレイター)だったが、そんなウィリアムに対し、修道院長のアッボーネは最近この修道院で起きた不可解な事故の調査を依頼する…


ウンベルト・エーコによる同名小説の映画化。

先日、ダ・ヴィンチ・コード・シリーズの最新作である「インフェルノ」を見た帰り途、例によって家族で映画の感想を述べ合っていたのだが、その際、俺が“キリスト教関係ミステリイの傑作”として名前を挙げたのがこの作品であり、それでは一度、皆で見てみようということになった。

さて、今から30年前の作品ということで、妻や娘にはちょっと古臭さが鼻に付いてしまうかと心配していたのだが、監督のジャン=ジャック・アノーが徹底的に時代考証にこだわり、精魂を込めて作り上げた映像はまさに“中世キリスト教社会の再現”であり、2時間を超える上映時間にもかかわらず、猥雑さと崇高さの入り交じった不思議な世界に家族揃って最後まで魅入ってしまった。

正直、俺の記憶に残っていた印象に比べると、キリスト教の神学論争に関するウェイトが少なく、また、連続殺人事件のトリック自体も単純なものであったが、おそらく本作にとってミステリイ部分はストーリーの骨格にすぎず、禁欲や富の偏在、知的好奇心の抑制といった(当時の?)キリスト教の矛盾を説得力十分な映像によって炙り出してみせたところにこそ、その魅力の源泉があるのだろう。

また、出演者にもひと癖ありそうな人材を豊富に取り揃えており、主演のショーン・コネリーは本作における高評価をきっかけにして“名優”への階段を駆け上っていったのだと記憶している。初々しいクリスチャン・スレイターも見物の一つだが、我らが“ヘルボーイ”こと、ロン・パールマンの怪演は本当に素晴らしかった。

ということで、未読ではあるものの、この傑作映画よりウンベルト・エーコの原作小説の方がずっと面白いのはまず間違いのないところ。長老ホルヘの片腕だとばかり思っていた図書館長のマラキーアが禁書に隠されたトリックを知らなかったのは少々納得のいかないところであり、そのへんの確認も兼ねていずれ読んでみるつもりです。