2007年作品
監督 トッド・ヘインズ 出演 マーカス・カール・フランクリン、ケイト・ブランシェット
(あらすじ)
ミネソタ州の少年鑑別所を脱走した黒人少年の“ウディ”(マーカス・カール・フランクリン)は、彼のヒーローであり、現在、ニューヨークの精神病院に入院中のウディ・ガスリーに会うため、ホーボーのように貨物列車に乗って各地を旅していた。彼の得意な歌とギター、そしておよそ子供らしからぬ巧みな弁舌は行く先々の人々を魅了していたが….
6人の俳優が演じるボブ・ディランの“伝記映画”。
演じるのは、映画のナレーター的な役割を務める詩人アルチュール役のベン・ウィショー、黒人少年ウディ役のマーカス・カール・フランクリン、かつてプロテスト・ソングのヒーロー的存在であったジャック役のクリスチャン・ベイル、映画スターであるロビン役のヒース・レジャー、ロックへの転向を図るジュード役のケイト・ブランシェット、そして西部開拓時代の無法者ビリー役のリチャード・ギア。
この6人のキャラクターには、それぞれディランの異なった人格が投影されている訳であり、この手法はまるでピカソの描いたキュビスムの絵画のようで、とても興味深い。しかも、これだけの豪華キャストを揃えておきながら、“群盲象を撫でる”よろしく、題名が「アイム・ノット・ゼア」というのは、まあ、なんともディランらしい。
6人の中で特に印象的だったのは最初に出てくる黒人少年のウディで、ろくな人生経験もないようなガキが聞きかじりのウディ・ガスリーの歌と“思想”だけで周囲の大人達を煙に巻いてしまうという、もうペテン師顔負けの手腕は、確かにディランのある一面を言い当てているのだと思う。
また、ヴェネツィアをはじめとするいくつもの映画賞で(助演)女優賞に輝いたジュード役のケイト・ブランシェットも流石に達者なもので、マーティン・スコセッシの「ノー・ディレクション・ホーム(2005年)」でも取り上げられていた1966年のロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われたライヴ当時のディランの姿を実に魅力的に演じている。正直、見かけのイメージから言ったら、彼女が一番ディラン本人に似ていたかなあ。
ということで、最後にリチャード・ギアの演じていた無法者ビリーは、“バイク事故の後、ウッド・ストックで隠遁生活を送っている時代を体現している”のだそうであるが、どうもいま一つピンとこなかったのがちょっと残念。次は、同じ監督が70年代のグラムロック・ブームを描いたという「ベルベット・ゴールドマイン(1998年)」を見てみたいと思います。