白痴

1951年作品
監督 黒澤明 出演 森雅之三船敏郎
(あらすじ)
終戦直後に受けたショックが原因でてんかん性痴呆になってしまった亀田欽司(森雅之)は、症状の回復により沖縄の病院を退院して冬の札幌へと向かう途中、同じ船に乗り合わせた赤間伝吉(三船敏郎)という無骨な青年と知り合いになる。赤間は、ある有力者の妾である那須妙子に熱を上げており、彼から札幌駅前の写真店に飾られていた彼女の写真を見せられた亀田も、その写真に強い印象を受ける….


ドストエフスキーの5大長編読破を記念して、黒澤版「白痴」を鑑賞。

本作を見るに当たっての最大の関心事は、黒澤があの長編小説のどの部分にウェイトを置いて映画化しているのか、という点だったのだが、その答えは明白であり、ほとんどといって良いくらいムイシュキン公爵=亀田欽司、ロゴージン=赤間伝吉、ナスターシャ=那須妙子(親父ギャグ?)、アグラーヤ=大野綾子の4人による愛憎劇に焦点が絞り込まれている。

ストーリーはほぼ原作どおりといって良いのだが、その分、内容は単純化されており、作品のテーマも理解し易くなっている。しかし、その一方で、俺の好きだったレーベジェフ=軽部やイヴォルギン将軍=香山順平の見せ場はほとんど無くなっており、イポリートにいたっては、彼の登場するエピソードの全てが削除されてしまっていた。

聞くところによると、本作は完成当初4時間25分あった上演時間を松竹側の強い要請により166分に短縮したそうであり、確かに左卜全の扮する軽部の出番は、本来、もっと多かったように思われるのだが、イポリートに関するエピソードの方は、おそらく最初から脚本に盛り込まれていなかったような気がした。

出演者は、森、三船の他、那須妙子に原節子、大野綾子に久我美子と、当時の超豪華メンバーが顔を揃えており、心の中まで凍てつくような極寒の冬の札幌を舞台に、熱の入った演技を披露してくれるのだが、個人的な好みから言うと、黒澤の一番悪いところが出てしまったという印象で、残念ながら彼等の芝居がかった演技はあまり好きになれなかった。

ということで、主役の方々が肩に力の入ったやや大仰な演技を繰りひろげる中、ただ一人、リザヴェータ夫人=大野里子を飄々と演じていた東山千栄子の存在感が素晴らしく、全員が彼女のように自然に演じてくれていたら、おそらく本物の日本版「白痴」になっていたような気がします。