しとやかな獣

1962年作品
監督 川島雄三 出演 若尾文子伊藤雄之助
(あらすじ)
前田時造(伊藤雄之助)の一家は郊外の団地住まい。ある日、そこに息子の実が勤める芸能プロダクションの社長が事務員の三谷幸枝(若尾文子)等を連れて乗り込んできた。実が会社の金を横領し、行方をくらましているというのだ。息子の横領した金を生活費に充てていた時造夫婦はトボけてシラをきりとおすが、この話には彼等も知らない意外なウラがあった….


傑作「幕末太陽伝(1957年)」の監督であり、様々な奇行でも知られる(?)川島雄三の代表作の一つ。

何といっても、前田夫婦の胡散臭さが最高の見どころ。自称“元海軍中佐”の時造は、言っていることのどこまでが本気なのか見ている方にもわからないというイイ加減な男なんだけど、演じる伊藤雄之助の存在感によって立派に物語の主人公になっている。

また、その妻に扮する山岡久乃も素晴らしい。我が子を叱ったり、迷惑をかけた相手に謝ったりと、表面上では妻&母親の役割を立派に果たしている訳だが、その言葉の端はしで全く誠意を感じさせないっていうあたりの演技はもう絶品。彼女は、俺の世代からするとTVの女優さんというイメージが強いんだが、銀幕上でもなかなか大したもんでした。

主演の若尾文子は子持ちの未亡人という設定で、実が横領した金を色仕掛けで巻き上げていただけでなく、その会社の社長や税務署の職員とも関係を持ち、そうやって手に入れた資金で念願の旅館を開業するという悪女役。役の上では前田夫婦も一目置く存在ということになっているんだけど、伊藤&山岡コンビの前ではちょっと影が薄かったかもね。

ということで、ほとんど団地内の一室が舞台という非常に安上がりな映画であるが、演出、脚本(=新藤兼人)それに出演陣が優秀ならば、こんな面白い映画が撮れるということが良く解る佳品でした。脚本上、“税務署職員が自殺しなければ前田家の関わる一連の事件は警察沙汰にならない”っていうあたりの論理構成が見ていていま一つピンとこなかったのが、ちょっと不満だったけど。

その、船越英二扮する真面目な税務署職員が団地の屋上から飛び降り自殺をしたところで映画は終わるんだけど、山岡久乃がその現場を部屋の窓から見下ろしながら初めて見せるマジな表情がとてもコワいです。