新生

島崎藤村が46歳のときに発表した長編小説。

今年のゴールデンウィークはかねてからの念願であった木曽路を歩いてくる予定なのだが、その前に藤村の作品をもう一つくらい読んでみようと思って手にしたのがこの作品。例によって予備知識ゼロの状態で読み始めたのだが、登場する人々の血縁関係等から主人公の岸本捨吉が藤村自身をモデルにしていることがすぐに分かってしまう。

しかも、テーマになっているのは自分の姪である節子との近親相姦であり、彼女の妊娠を知らされて以降の主人公の苦悩が延々と綴られていく。これで“純愛もの”ならまだ救いもあるのだろうが、困り果てた主人公は出産間近の節子を残して海外へ逃亡してしまうわ、3年後に帰国してみれば別の再婚相手を所望するわといったご乱心ぶりであり、正直、読み進めるのがキツいなあ。

終盤、お互いの愛情を確認し合うことにより遅ればせながら“純愛もの”路線に進むのかと思いきや、主人公が二人の関係を小説のネタとして公表してしまったものだから、事態は急変。二人は会うことさえ禁じられてしまい、国内に居られなくなってしまった節子が台湾へと旅立つところで幕を閉じる。

読み終わってから調べたところによると、やはりこの小説は藤村と姪の島崎こま子との実話がベースになっているそうであるが、後者の指摘によると「叔父に都合の悪い場所は可及的に抹殺されている」らしい。それは小説の内容を少しでも“純愛もの”に近づけたかった藤村自身による努力の裏返しでもあるのだろうが、結局、実話が酷すぎるためにいろんなところで馬脚が現れてしまっている。

本当なら、谷崎潤一郎みたいに自らの抑えきれぬ性欲を揶揄するようなお話にでもしておけば、芥川龍之介から「『新生』の主人公ほど老獪な偽善者に出会ったことはなかった」と批判されずに済んだと思うのだが、まあ、そのへんが藤村の限界なんだろうなあ。それでもなお小説として発表せずにはいられないのだから、本作の節子の父親が言うとおり小説家というのは“御気の毒な商売だ”としか言いようがない。

ということで、「破戒」や「夜明け前」とは相当異なった印象を受ける作品であり、ちょっとだけ“読まなければ良かった”という気もしないではないのだが、藤村には自らの一族を扱った作品が多いので、まあ、いつかは通らざるを得なかった道なんだろう。とりあえずは気を取り直して木曽路旅行を楽しんできたいと思います。