大いなる遺産

ディケンズが「二都物語」に続いて発表した後期における代表作の一つ。

彼の長編を読むのは「デイヴィッド・コパフィールド」、「二都物語」に続いてこれが3作目。いわゆる古典作品、それも長編に取り掛かろうとするときには、“不退転の決意”とは言わないまでも、まあ、それなりの覚悟が必要になる場合も少なくないのだが、彼の作品の場合は通俗的な意味においても十分面白いため、そのような心配は一切不要。

さて、ストーリーは、正体不明の人物から莫大な遺産が贈られることになり、貧しい孤児から一人前の紳士へと生まれ変わろうとする主人公ピップの数奇な半生が描かれているのだが、中盤、その思いもよらない(?)遺産の贈り主が判明した時点で物語の雰囲気が一変してしまう等、構成の巧みさという点ではこれまで読んだディケンズの作品の中で本作が一番だと思う。

また、彼のキャラクター設定の秀逸さに関しては定評のあるところであり、本作にもユニークで魅力的な脇役たちが大挙登場している。特に、職場では職業人としての冷徹な顔しか見せないものの、素顔は良き家庭人であるウェミック氏とその年老いた同居人との暮らしぶりは奇想天外であり、「メリー・ポピンズ(1964年)」に出てきたブーム海軍大将のモデルはこの老人だったのではなかろうか。

一方、莫大な遺産や憧れ続けた絶世の美女エステラとの結婚生活はおろか、幼なじみのビディとのささやかな幸福さえ手に入れることが出来ないという結末には少々寂しい思いがしないでもないが、ここは無理をせず、自然に物語を終わらせることに心を砕いた文豪ディケンズの成長(?)を喜ぶべきところであり、正直、エステラの父親の正体を知らされたときには、“ああ、またか”と要らぬ心配をしてしまった。

ということで、映画等でストーリーを知ってしまっている「オリバー・ツイスト」や「クリスマス・キャロル」はひとまず置いておいて、次はいよいよ「荒涼館」に挑戦してみるつもり。文庫本だと4分冊に及ぶらしいが、まあ、ディケンズなら心配は無用でしょう。