鴛鴦歌合戦

1939年作品
監督 マキノ正博 出演 片岡千恵蔵市川春代
(あらすじ)
堅苦しい武家の暮らしが嫌いな浅井禮三郎(片岡千恵蔵)は、気ままな浪人暮らし。隣に住む同じ浪人の志村狂斎の一人娘であるお春(市川春代)は、そんな禮三郎を憎からず思っていたが、彼の元へは親の決めた許嫁である藤尾や大店の娘おとみといった娘達が足繁く通ってくるため、気が気ではない。そんなとき、狂斎と同じ骨董の趣味を持つ峯澤丹波守がお春を見初めたから、さあ大変….


マキノ正博が戦時中に発表した和製オペレッタの傑作。

本作の高い評価は以前から耳にしてはいたものの、何分、古い作品ということであまり期待しないで鑑賞したのだが、その予想を遙かに上回る素晴らしい出来に吃驚仰天。特に、この時代の邦画で映像や音声がこんなにクリアな作品を見たのは初めての経験であり、正直、それらの点では全く古臭さは感じられない。

勿論、中身の方も絶品であり、開始早々、服部良一実妹である服部富子扮する町娘のおとみが、江戸の町中を日傘を差して歌いながら歩くシーンを見ただけで、とても幸せな気分にさせてもらえる。続いて登場する峯澤丹波守役のディック・ミネ同様、主役という訳ではないのだが、高い歌唱力を持つこの二人をオープニングに配したマキノ正博の計算に狂いは無く、観客にこの作品を理解させる上で見事な効果を発揮している。

彼らに続いて登場するのが主役の浅井禮三郎とお春であり、歌唱力という点では前記の二人に遠く及ばないものの、演技力は確かであり、彼らの演じるラブコメは本家のハリウッド映画と比べても決して見劣りしない。特に、お春役の市川春代の可愛らしさは驚異的であり、ぶりっ子的なベタな仕草が全く嫌みに感じられないのは何故なんだろう。

そして、観客の止めを刺すようにして最後に登場するのが、志村狂斎役の志村喬。公開当時34歳の彼がお春の父親役を演じるという老けっぷりも見事だが、それ以上に印象的なのが彼の軽妙な歌声であり、見終わってからもしばらくの間、彼の口ずさむ“さーてさてさてこの茶碗”というフレーズが耳から離れなかった。

ということで、日中戦争の最中に撮られた作品であるが、洋画のテクニックをきちんと消化した上で、見事な和製オペレッタを作り上げたマキノ正博の才能は確かであり、こんな作品が他にあるのならいくらでも拝見させて頂きたいと思います。