花のようなエレ

1971年作品
監督 ロジェ・ヴァディム 出演 グウェン・ウェルズ、ディディエ・オードパン
(あらすじ)
1951年の夏。学校の夏季休暇で南仏の故郷に戻ってきた17歳のファブリス(ディディエ・オードパン)は、美しい母親とインドシナ戦争からの帰還兵である兄と久しぶりに再会する。ある日、美しい自然の中を一人で散策していたファブリスは、偶然、エレ(グウェン・ウェルズ)という少女に出会い、その無垢な美しさに心惹かれるが、彼女は耳が聞こえず、言葉を話すことも出来なかった….


ロジェ・ヴァディムがハリウッドからフランスに戻って撮った作品。

ファブリスの亡父はナチス協力者だったらしく、未亡人となった母親は若い恋人と熱愛中、さらに兄のジュリアンはインドシナ戦争で受けたトラウマにより酒浸りの日々ということで、彼の家庭環境は決して良好とは言えないのだが、そんなファブリス少年の“ひと夏の経験”がロジェ・ヴァディムらしい美しい映像で描かれている。

あまりにも純粋なファブリス少年は、自分の母親をはじめとする俗世間の人間との交わりを嫌い、一人ぼっちのエレ(=生まれつき聴覚に障害があるため、話すことが出来ないらしい。)に言葉を教えながら彼女と二人だけの世界に没頭していくのだが、悪鬼と化した兄ジュリアンの手によって彼等の純粋無垢な世界はあえなく破壊されてしまう。

そして、そんなひと夏の経験をとおしてファブリスは人間的に成長し、大人への一歩を踏み出すとともに、若い恋人に捨てられて打ちひしがれていた母親ともめでたく和解を果たす訳であるが、残されたエレの方はというと、どうやら彼と出会う前の孤独で悲惨な生活へと逆戻りしてしまうらしい。

まあ、まだ17歳ということで仕方のない面もあるのかもしれないが、このファブリス少年の自己中心的なところが最後まで肯定的に描かれている点に納得がいかず、残念ながら、見終わってからの印象はあまり好ましいものではない。あの村におけるエレの特殊な“役割り”も、単に彼の責任を軽減するためだけの設定に過ぎないように思えてきた。

ということで、allcinemaの解説によると、この作品にはヴァディム自身の自伝的要素が含まれているとのこと。仮にそうなのだとすれば、彼自身、相当のナルシストだったような気がするが、そんな男が何人もの美人女優と浮名を流してきたのも事実であり、まあ、男女の仲というのはなかなか一筋縄では理解できないものなのでしょう。