愛怨峡

1937年作品
監督 溝口健二 出演 山路ふみ子清水将夫
(あらすじ)
信州の老舗旅館で女中として働くおふみ(山路ふみ子)は、そこの若旦那である滝沢謙吉(清水将夫)の子を身籠るが、厳格な彼の父親が二人の仲を許すはずもなく、困り果てたおふみは謙吉と二人して東京へ駆け落ちしてしまう。しかし、友人のオンボロアパートに転がり込んだ謙吉は一向に働く気配も見せず、あろうことか、おふみが職探しのために出かけている最中に尋ねてきた父親と一緒に信州へ帰ってしまう….


溝口健二が「祇園の姉妹(1936年)」の翌年に公開した作品。

トルストイの「復活」がモチーフになっているらしいのだが、原作は川口松太郎ということで宗教的なテーマは一切含まれておらず、謙吉=ネフリュードフではなく、おふみ=カチューシャの方が中心になってストーリーは展開する。

健吉の子を出産したおふみは、里子に出したその子どもに仕送りをするためカフェの女給として働くことになるのだが、純情そのものだった彼女がすれっからしの女給になったときの変わり様は、とても同一人物とは思えないくらい。同じアパートに住んでいた演歌師の鈴木芳太郎と再会しても、全く悪びれる様子もない。

その後、旅一座の座長をしている彼女の伯父の勧めにより、なんと女漫才師になるという物凄い展開が待っているのだが、ここでも全く動じる様子を見せることなく、舞台ではコンビを組んだ芳太郎と二人して見事な漫才の芸を披露してくれる。

このおふみに扮しているのは山路ふみ子という女優さんであり、その切替の見事さは一応評価出来るのだが、あまりに割り切りが良すぎるため、おふみの内面的な葛藤というものが観客に伝わってこない。また、彼女は生まれてきた子どもに、健吉の一字を取って健太郎と名付けるのだが、その後、再会した健吉とのやり取りなんかを見ていても彼に未練があるのかどうかよく分からないし、芳太郎に対する恋愛感情の有無も不明なままやや唐突気味に映画は終わってしまう。

ということで、まあ、このへんは演出や脚本にも問題があるのだと思うが、女給だからといって一日中酔っ払っている訳でもないのだろうから、ふと我に返ったおふみが現在の心境をポロっと口に出すようなシーンがあっても良かったかと思います。