セールスマンの死

1951年作品
監督 ラズロ・ベネディク 出演 フレデリック・マーチ、ケヴィン・マッカーシー
(あらすじ)
老セールスマンのウィリィ・ローマン(フレドリック・マーチ)は、遠くの町まで車でセールスに出掛けたものの、寄る年波と心労のせいで途中から運転が出来なくなってしまう。何とか引き返してきた自宅には、ちょうど長男のビフ(ケヴィン・マッカーシー)が帰っていたが、ハイスクール中退後、30歳を過ぎても定職につかないで全国を放浪している彼はウィリィの悩みの種だった….


アーサー・ミラー原作による戯曲の映画化。

非常に有名な作品である故、大体のストーリーは見る前から知っていたのだが、案の定、主人公と同じ中高年のサラリーマン(俺を含む。)が見るのには、相当にしんどい内容の作品であった。

確かに、目の前の現実を素直に受け入れられないというウィリィの性格には相当の問題があるし、若い頃に出張先で浮気をしていたことも決して褒められたことではない。しかし、彼はそうやって自分自身を鼓舞しながら(≒誤魔化しながら)セールスという仕事を続け、家族を養ってきた訳であり、とてもじゃないが彼だけを非難する気にはなれない。

Wikipediaの情報によると、本作の原作となった戯曲が1949年2月に初めて上演されたとき、主役はあのリー・J.コップが務めたそうであり、まあ、これはあくまでも俺の想像であるが、そのときに彼が演じたウィリィはもっと横暴な専制君主で、観客は被害者であるウィリィの家族の立場から、比較的気楽にこの作品を楽しむことが出来たのかもしれない。

しかし、本作のフレデリック・マーチは、あくまでも普通の人間としてウィリィを演じているため、彼の抱える問題はどこの家庭で起きてもおかしくないものになってしまい、確かに作品のテーマはより深化、普遍化されたのだろうが、その分、“お話し”としての面白さは少々減退してしまったのかもしれない。

ということで、本作公開当時、主演のフレデリック・マーチは54歳。この20年近く昔になる「生活の設計(1933年)」における軽妙な二枚目ぶりを思い出すと、本作における年老いたウィリィの惨めさにはひとしおのものがあります。