種の起源

光文社から新訳が出たのを機に、ダーウィンの「種の起源」を読んでみた。

内容的には、当然、“予想したとおり”であり、今から150年前に出版された書物ということで、特に目新しいエピソードがある訳でもないのだが、もっとも興味深かったのは、進化論が生まれた直後から“防御的”だったことが分かった点。

本書のような非専門家向けの本の場合、新しい理論は、従来の理論の矛盾点を暴くために攻撃的にならざるを得ないのが普通だと思うのだが、本書では予想される進化論批判に対する“弁明”が何と半分以上のボリュームを占めている。

対する創造論というのが、最初っから科学的説明の努力を放棄しているという、考えようによっては最強の“理論”であり、その時代の科学で説明が困難な問題はすべて相手側の非にしてしまう傾向が見られる故、まあ、仕方がない面もあるのだろうが、進化論を巡る議論が今日においても(社会的に?)決着していない一つの理由が分かったような気がする。

ということで、改めてこの自然淘汰というメカニズムを考えてみると、世間が時代と共にどんどん世知辛くなっていくのは当然のことのような気がしてきた。おそらく、コミュニケーション・ツールの発達により、そのスピードは増加する傾向にあるだろうから、今から100年後の世界の世知辛さと言ったら、想像を絶するレベルになっているものと思います。