グラン・トリノ

スラムドッグ$ミリオネア」が家族にもなかなか好評だったため、調子に乗って、今日は「グラン・トリノ」を見に行ってきた。

クリント・イーストウッドの主演・監督にもかかわらず、R指定の無いのが不思議であったが、見終わってみれば“なるほどなあ”という印象であり、これなら小中学生に見せても特に問題はない。しかし、それは決して本作が家族向けということではなく、出来ればあらかじめ「ダーティハリー(1971年)」くらいは見ておいて欲しいような気もする。

いや、確かに、本作で取り上げられているのは、自動車産業の衰退、非白人系人種の増加等といった現在の米国における比較的ポピュラーな社会問題であり、そんな状況を背景に描かれる主人公とモン族の少年との交流はそれだけで十分に感動的な訳であるが、俺には、それ以上に、本作がイーストウッドの極めて個人的な作品であるという気がしてならない。

そして、そのことが如実に表れているのがあの問題のラストシーン。あそこで採用された解決方法は、強い意志さえあれば誰にでも出来るといったものではなく、主人公=イーストウッドが老人だからこそ可能だった訳であり、また、彼がかつてダーティハリーを演じた俳優だったからこそ、あの行為があれだけ人々を感動させられるのだと思う。

しかし、それにしても彼が自分の最期の思いを託す相手が、チビで風采の上がらないモン族の少年であるあたりは、やはり相当にやるせない。俺は、子供の頃にTVで見た米国製ホームドラマの中の白人社会に対し、(良い悪いは別にして)漠然とした憧れを抱いていた訳であるが、非白人系の大統領が生まれたこの国では、今後どのような類のアメリカン・ドリームが育まれていくのだろう。

ということで、見終わってからはちょっと妙なくらいにシミジミとした気分になってしまい、帰りの車の中でもあまり本作の話題で盛り上がるようなことはなかった。しかし、元々爺さん趣味のある娘は何かしらの感動を覚えていたような様子であり、これからもこの手の作品に付き合ってもらえそうです。