1993年作品
監督 黒澤明 出演 松村達雄、井川比佐志
(あらすじ)
昭和18年、内田百間(松村達雄)は文筆業に専念するために大学を退職。しかし、“金ムク先生”と呼んで彼を慕う高山(井川比佐志)、甘木等のかつての教え子たちとの交流は途絶えることがなく、戦後は「摩阿陀会」という会を開き、毎年、先生の誕生日をみんなでお祝いすることになった….
今まで見逃していた黒澤作品を見る特集の第3弾。本作は彼の遺作であり、彼が敬愛していたという随筆家の内田百間(正しくは、門構えに月)の半生を描いている。
かつての恩師のためにということで、戦災で失った家を新築してあげたり、居なくなった飼い猫を真剣になって探してあげたりと、教え子たちによる涙ぐましいエピソードが満載であるが、そのほとんどが実話に基づいているというから驚き。
それだけ先生のキャラクターがみんなから愛されていたということなんだろうし、また、戦前に大学(=法政大学らしい。)を卒業していたくらいだから、教え子たちも皆さんそれなりのステータスの持ち主だったのだろうと推測されるが、まあ、このあたりは見ていてちょっと羨ましすぎるところもないではない。
主演の松村達雄は、一世一代の大熱演といったところだろう。やや器が小さいこともあって、この先生があれ程周囲から慕われたことの理由みたいなものについて完全に納得できた訳ではないが、じゃあ他に誰がと考えても適当な候補者は思い浮かばない。まあ、三船がこの歳まで生きていたら、案外お似合いだったかもしれないけれど。
また、教え子役の井川比佐志も良かったけれど、それ以上に先生の奥さん役に扮した香川京子が素晴らしい。俺よりもずーっと年上なのにもかかわらず、猫を抱いた彼女の姿に思わず可愛らしさを感じてしまうというのはちょっと驚異的な経験だった。
一方、甘木役に扮した所ジョージは、彼の出来次第ではこの作品自体が大化けするかもしれないという、ちょっと期待を込めての抜擢だったと思われるが、残念ながら本作における彼の出来は“無難”以上のものではなく、それがそのまま作品全体の評価につながってしまっている。
ということで、その間訪れた最大の悲劇が飼い猫の失踪だったという極めて恵まれた老後のお話しであり、前作の「八月の狂詩曲(1991年)」で肩の荷を下ろした黒澤(=公開当時83歳)が楽しそうに演出している姿が偲ばれ、ちょっと嬉しくなる。まあ、ラストのほうでは孫たち世代を相手にまた説教しているんだけどね。