父ありき

1942年作品
監督 小津安二郎 出演 笠智衆佐野周二
(あらすじ)
中学校教師の堀川周平(笠智衆)は、修学旅行の引率中の事故により生徒を死亡させてしまい、自責の念から学校をやめ、息子の良平(佐野周二)を連れて故郷の信州上田に転居する。その後、良平は中学校の寮に入ることになり、それを契機に周平も東京に出て就職したため、親子は離れ離れの生活を送ることになるが….


昨日、偶然に読んだ「小津安二郎先生の思い出」でも比較的詳しく紹介されていた笠智衆の初主演作品。

「一人息子(1936年)」の“母+息子”関係を父親に置き換えたような設定の作品なんだけど、こっちでは一人前に成長した息子からの同居の誘いを父親が拒否するという展開になっており、このへんは嫁に行かないでずっと一緒にいたいという娘の願いを拒む「晩春(1949年)」のテーマに通じるところがある。

まあ、当時の感覚からいっても長男が父親と同居するっていうのはそう不自然なことではないと思うんだが、おそらく“東京では今息子が就いている以上の職は得られない”というような当時の経済事情があったのかもしれないし、いずれにしても、子供が成長した後はその邪魔にならないように一人静かに身を引くというのが小津の理想とする父親像なんだろう。

また、この主人公は父親であると同時に(元)教師でもあり、このことが後半の同窓会のシーンに繋がってくるんだけれど、彼のこの二つの属性が脚本上で上手くリンクしていないため、結果的に父子問題という焦点がボケてしまったような印象が残るのはちょっと残念なところ。

しかし、「一人息子」や「戸田家の兄妹(1941年)」が「東京物語(1953年)」のプロトタイプ的な一面を持つように、本作のテーマも数年後に「晩春」としてより洗練された形で実を結ぶことになる訳であり、その意味でもとても興味深い作品だった。お馴染みの塩原温泉も出てくるしね。

ということで、本作は太平洋戦争の真っ最中に撮影されたにもかかわらず、良平が上京するときの理由が徴兵検査ということ以外は戦争に触れられておらず、何かこのへんに小津の戦争観みたいなものが窺われるような気がする。それと、「小津安二郎先生の思い出」に同窓会での詩吟のシーンがGHQの検閲に引っ掛かった旨の記述があったので注意して見ていたら、やっぱりその部分はカットされていた。ちょっと見てみたかったのになあ!