2000年作品
監督 ラース・フォン・トリアー 出演 ビョーク、カトリーヌ・ドヌーヴ
(あらすじ)
チェコスロバキアから移民としてアメリカにやってきたセルマ(ビョーク)は、プレス工場で働きながら女手ひとつで息子のジーンを育てていた。彼女には遺伝性の疾患により間もなく失明してしまうという秘密があり、同じ疾患を持つジーンにも手遅れになる前に手術を受けさせなければならないのだが、安い給料ではなかなか手術代も貯まらず、そんな彼女の唯一の楽しみがミュージカルだった….
鬼才と呼ばれるラース・フォン・トリアー監督が歌手のビョークを主役に起用した異色のミュージカル映画。
この作品の存在は劇場公開のときから知っていたのだが、その“鬱になること間違い無し”という評判に恐れをなし、これまで鑑賞を見送っていた。しかし、先日の「SINGIN’ IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」でミュージカルの楽しさの極地を経験した直後の今であれば、何とか耐えられるかもしれないということで、妻を道連れにして鑑賞開始!
ミュージカルらしいシーンとしては、主人公が地元のアマチュア演劇グループに混じって「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台練習を行うシーンと、主人公の妄想シーンの二種類が登場するのだが、前者はほんの付け足し程度であり、歌手ビョークの魅力が遺憾なく発揮されているのは後者の方。曲目はあまり多く無いのだが、その圧倒的な歌唱力は実に見事であり、見る者の心を掴んで離さない。
まあ、手持ちカメラを多用したドキュメント・タッチな現実パートとの落差が激しいため、ミュージカル映画としては異色作ということになるのであろうが、本作の場合、主人公の現実逃避の対象がたまたまミュージカルだったからミュージカル映画になったようなものであり、映画の構成としては最近リメイクされた「虹を掴む男(1947年)」と全く同じ。
しかも、映画という存在自体が多分に現実逃避的な側面を有することは否定しがたい事実であり、その一方の極地がミュージカル映画であることを考えれば、本作以上にミュージカル映画らしい作品は無いということも出来るのかもしれない。いずれにしても、もっと早くに見るべき素晴らしい作品であった。
ということで、デンマーク出身のラース・フォン・トリアーが脚本・監督を務めているため、本作におけるアメリカの社会保障制度の描写がどのくらい正確なのかは分からないが、混合診療の範囲拡大に踏み出した我が国でも、そう遠くない将来、本作に描かれているような悲劇が常態化していくのでしょう。