暗殺の森

1970年作品
監督 ベルナルド・ベルトルッチ 出演 ジャン=ルイ・トランティニャンドミニク・サンダ
(あらすじ)
第二次世界大戦前夜のローマ。哲学の博士号を持つインテリのマルチェロジャン=ルイ・トランティニャン)は、パリに亡命した恩師クワドリ教授の動向をスパイすることを提案して、ファシスト党の一員に迎えられる。しかし、新婚旅行を口実にしてパリに向かった彼に与えられた任務は教授の暗殺であり、狙いを隠して教授宅を訪れた彼は、そこで教授の美しい若妻アンナ(ドミニク・サンダ)に出会う….


「1900年(1976年)」が面白かったベルナルド・ベルトルッチ出世作

邦題からは、スパイ映画らしいスリルやサスペンスを期待してしまうところであるが、実際にはそのような要素は極めて希薄であり、唯一登場するクワドリ教授夫妻の暗殺シーンにしても、プロの仕事とは到底思えないような要領の悪さ。深い森の中の一本道という状況で、暗殺のためにあんな大人数を動員するのはどう考えても不自然であり、結果的に相当リアリティを欠く描写になってしまっている。

しかし、じゃあ、つまらないかと問われれば、実はこのリアリティの欠如こそが本作の大きな魅力であり、ファシズムの台頭という現実を、幻想と官能の入り混じったヴェール越しに映し出すことによって、第二次世界大戦前夜におけるヨーロッパ社会の退廃美を見事に表現している。

前述の暗殺シーンにしても、ベルトルッチは、別に、無実の大学教授がファシストによって無残に撃ち殺されることの不正義を告発したかった訳ではなく、絶望した美しい人妻が森の中を一人逃げ惑う姿を描きたかっただけであり、それを黙って見守るしかない主人公マルチェロのマゾヒスティックな心情が、このシーンの絶妙な隠し味になっている。

その美しい大学教授夫人アンナを演じているドミニク・サンダの陶器のような幻想的な美しさも十分魅力的であるが、個人的には、主人公の新妻ジュリアに扮したステファニア・サンドレッリの現世的な美しさの方が好みであり、役としてはそれ程大きくないにもかかわらず、終盤まで登場シーンをしっかり確保してくれたベルトルッチの判断は、決して間違っていなかったと思う。

ということで、原題の“Il Conformista”には“体制順応主義者”という意味があるそうであり、直截的には、孤独(≒自由)に耐え切れずに全体主義に走ってしまった主人公のことを指している訳であるが、その友人が盲人であるという哀しい暗喩には、何とも暗澹たる気持ちにさせられてしまいました。