2011年作品
監督 タル・ベーラ 出演 デルジ・ヤーノシュ、ボーク・エリカ
(あらすじ)
人里離れた荒涼とした大地にポツンと建つ一軒の農家。その家では、片腕が不自由な年老いた農夫(デルジ・ヤーノシュ)とその娘(ボーク・エリカ)が、二人だけで単調な日々の暮らしを送っていた。そんなある日、飼っている馬にいつものように荷車を牽かせようとしたところ、生気の失せた馬は一歩も前に進もうとせず、怒った農夫の激しい打擲にもピクリとも動かない….
意味深なタイトルに興味を惹かれ、予備知識が全くない状態で拝見させていただいた作品。
冒頭、イタリアのトリノで御者に鞭打たれている一頭の馬を見掛けたニーチェが、思わずその馬のもとへ駆け寄り、御者から守ろうとするかのように馬の首を抱きしめながら泣き崩れた、という彼の晩年のエピソードがナレーションによって紹介され、まるでその馬と御者との後日譚を描くかのような雰囲気の中、本作はスタートする。
ストーリーには日付が割り振られており、毎朝、儀式のように繰り返される「水汲み→父親の着替えの手伝い→茹でたジャガイモの朝食→父親2杯、娘1杯の焼酎」という単調な行為が長回しのカメラによって淡々と映し出されるのだが、その一方で、二日目には馬が荷車を牽かなくなったことにより労働の術が奪われ、四日目には突然のように井戸が涸れてしまう。
五日目にランプが点かなくなったのを見て、本作が旧約聖書の創世記にある天地創造の7日間を逆にたどっていることにようやく思い至るが、予想は外れて完全に光が失われた六日目までで映画は終わってしまう。神が死んだ世界では、再び“光あれ”という言葉を発する主体も存在しないということなんだろうか。
まあ、生きるために暗闇の中で生のジャガイモに齧り付こうとする農夫こそが、ニーチェの“超人”の成れの果ての姿ということで、このタル・ベーラという監督さん、“永劫回帰”の思想にはあまり好意的でないような気がするが、本作を見ていて、この農夫が神にすがることが出来れば、(少なくとも精神的には)もっと楽になるだろうと思ったことも確かである。
ということで、単純な日常を緊張感に溢れたモノクロ映像で印象的に表現するタル・ベーラ監督の力量は素晴らしく、決して好みとはいえないジャンルの作品にもかかわらず、154分の上映時間中退屈することもなく、最後まで興味深く見終えることが出来た。たまにはこういった作品を見るのも悪くないなあ、と思いました。