青春群像

1953年作品
監督 フェデリコ・フェリーニ 出演 フランコインテルレンギ、フランコ・ファブリッツィ
(あらすじ)
北イタリアの港町リミニ。ファウストフランコ・ファブリッツィ)、アルベルト、レオポルド、リカルドそれにモラルド(フランコインテルレンギ)の5人組は、定職にも就かず夜な夜なつるんで遊びまわるだけの毎日。年長のファウストは、モラルドの妹サンドラを妊娠させたことの責任を取らされ、彼女と結婚することになるが、その後も彼の女遊びはいっこうに止みそうもない….


フェデリコ・フェリーニ33歳のときに公開された彼の(監督としての)出世作

原題の“I vitelloni”には“乳離れしない仔牛”の意味があるそうであり、女にだらしないファウスト、他人には厳しいが自分では何も出来ないアルベルト、劇作家志望のレオポルド、歌が好きなだけのリカルド、そして最年少で金魚の糞的存在のモラルドの5人組は、いまだに親の脛かじり。

まあ、彼らが働かないのには、田舎町における就職難という社会的要因もあるようなのだが、かといって都会に出て行くだけの気力も無く、それは万年劇作家志望のレオポルドも同じこと。能天気なリカルドを除き(?)、何とかしなければいけないという気持ちだけはあるものの、踏ん切りがつかないまま、結局、ズルズルとぬるま湯生活を続けている。

ラストは、ある事件を契機に自分たちのダメさ加減を痛感したモラルドが、朝一番の列車で町を出て行くシーンで終わるのだが、それとオーバーラップするように、残りのメンバーがベッドで惰眠を貪る様子がユーモラスに描かれており、モラルド(=フェリーニ)が、決して彼らを冷たく見放した訳ではないことが良く伝わってくる。

ちなみに、こういった幼馴染の悪ガキ同士による友情と旅立ちというテーマの作品は、「アメリカン・グラフィティ(1973年)」や「トレインスポッティング(1996年)」等、これまで数多く制作されているが、本作はその嚆矢をなす作品なのだそうであり、確かにそれだけの魅力を持つ優れた作品であった。

ということで、フェリーニが“映像の魔術師”と呼ばれるようになる以前の作品であり、映像表現自体はまだオーソドックスなのだが、カーニバルや旅芸人、男色家に古びた天使像といった後の彼を予想させる前兆みたいなものが散見されるのがとても面白く、久しぶりに「道(1954年)」を見直してみたくなりました。