恐怖省

1944年作品
監督 フリッツ・ラング 出演 レイ・ミランドマージョリー・レイノルズ
(あらすじ)
精神病院を退院したばかりのスティーブン・ニール(レイ・ミランド)は、ロンドン行きの列車の待ち時間に偶然立ち寄った“自由国家の母の会”主催の慈善バザーで、ケーキの重量当てゲームに挑戦。占い師の“予言”に従って見事賞品のケーキを手中にするが、ロンドンへ向かう列車がドイツ軍の空襲によって緊急停車した際、乗り合わせた盲目の男によってそのケーキを奪われてしまう….


フリッツ・ラング第二次世界大戦中に撮ったグレアム・グリーン原作のスパイ映画。

その男は、実は盲目でも何でもなく、スティーブンを杖で殴りつけて列車外に逃走。後を追ったスティーブンに発砲までしてくるのだが、運悪く隠れようとした小屋がドイツ軍の空爆の直撃を受けてしまい、ケーキもろとも一巻の終り。ロンドンに着いたスティーブンは、真相を探るため“自由国家の母の会”の本部を訪ね、そこでオーストリアからの亡命者であるウィリーとカーラ(マージョリー・レイノルズ)の兄妹と出会う。

恐怖省”という不条理感たっぷりの題名に加え、ラング作品ならではのどこか歪んだような印象があるモノクロの映像美。しかも主人公であるスティーブンの正体は一切明らかにされないまま、彼の周囲では交霊会や殺人事件といった非現実的な出来事が次々に起こるということで、前半は“ラングの最高傑作”という評判に違わない素晴らしい内容。

この謎の主人公を演じているのがレイ・ミランドということもあって、たかがケーキに対する異様なまでの執着心から推測しても、彼が単なる巻き込まれ型サスペンスの被害者である筈はないと思って見ていたのだが、彼が精神病院に入れられていた経緯や彼を付け狙う謎の男の正体が明かされる辺りから、前半の不条理感は急速に薄れていってしまい、結局、彼は単なる善意の被害者だった。

まあ、“自由国家の母の会”を裏で牛耳っていたのがナチスのスパイということで、ラングの反ナチス映画の一つに位置付けられるのかもしれないが、「マン・ハント(1941年)」や「死刑執行人もまた死す(1943年)」に比べると、ナチスに対する義憤のような感情は希薄であり、プロパガンダというより普通のスパイ映画のような印象の方が強い。

ということで、長年見たかった作品だったのだが、ちょっと期待が大きかった分、後半の展開には少々不満が残る。しかし、まあ、この期待どおりには終わらないアンバランスな感覚がラング作品の持ち味の一つであり、おそらく何年後かにはまた見たくなるような気がします。