水死

大江健三郎の最新作。

彼の作品を読むのは1979年に発表された「同時代ゲーム」以来ということで、実に30年ぶり。当時、就職して読書時間が減ったせいもあるが、もっぱらSFの周辺作品的な興味で読み始めた故、彼のスタイルの変化に伴って次第に手が伸びなくなったのだろう。

しかし、本作が彼の「最終の小説になるかも知れない」となれば話は別ということで、久しぶりに拝読させて頂いた。読み始めてしばらくの間はやはり違和感(=老化に伴うパワーの低下?)が強くて少々手こずったが、後半からの盛り上がりは流石であり、読み終えてみれば大変面白い作品であった。

テーマとしては、戦後民主主義の総括とでもいうのであろうか、四国の山奥で“戦前的なもの”を告発する内容の劇の上演に向けて奮闘する人々の姿が描かれている訳であるが、それを阻止しようとするのが(見掛け上)戦後の民主主義教育を背負ってきたような人物というのが皮肉なところ。

まあ、俺自身が受けてきた民主主義教育を振り返ってみても、それにはアジア蔑視をはじめとする“戦前的なもの”の影がベッタリと貼り付いていた訳であり、それは今の俺の人格にもしっかりと内在化されている。そして、昨今の格差問題や普天間基地に関するニュースなんかを見ていると、それは今の我が国の社会的な傾向の一つでもあるんだろうと思われる。

そんな我が国の暗澹たる将来に一筋の光明をもたらすのが、本書に登場するアサ、ウナイコ、リッチャンといった女性たちの頑張り。ちょっと違うかもしれないが、韓琉スターと呼ばれる方々への熱狂ぶりを見ても、女性の方が“戦前的なもの”に毒されている度合いは少ないのかもしれないなあ。

ということで、俺の中の“戦前的なもの”も依然として健在であり、気を付けていないとちょっとしたことですぐ頭をもたげてくる始末。まあ、折角の機会なので、その予防の意味も兼ねて、大江健三郎の作品を再びまとめて読んでみようと思います。