母べえ

2007年作品
監督 山田洋次 出演 吉永小百合浅野忠信
(あらすじ)
昭和15年の東京。“母べえ”こと野上佳代(吉永小百合)は、ドイツ文学者である夫の滋と2人の娘と一緒につましいながらも幸せな日々を送っていたが、ある日、治安維持法違反の容疑で滋が特高刑事に逮捕されてしまう。そんなところに彼のかつての教え子である山崎徹(浅野忠信)という若者が現れ、滋の帰りを待ち望む野上家の人々を支えようと奮闘する….


終戦記念日が近いので、昨年公開された山田洋二の“反戦ヒューマン・ドラマ”を鑑賞。

本作では反戦主義者の父親を持った家族の悲劇を描いている訳であるが、山崎の他にも滋の妹の久子や型破りな叔父の仙吉(=笑福亭鶴瓶!)といった方々が力になってくれるし、彼等が町内会や学校で村八分にされるといった訳でもないので、正直、画面からはそれほどの悲惨さは伝わってこない。

また、昭和17年に滋が獄死するまでを中心に描いていることもあって、銃後の人々にとってもっとも苦しかったであろう終戦前後の食糧難の時期に関する描写は省略されているんだけれど、“父べえ”ではなく、“母べえ”を主役にするのであれば、むしろこっちにウェイトを置くべきだったのではないだろうか。

まあ、良心的な日本人が戦争の犠牲になって苦しむというパターンは、これまで何度も、何度も繰り返し描かれてきたところであり、俺としては本作にそれとは一味違った“何か”を期待したんだけれど、残念ながら特に目新しい点は見当たらなかった。強いて言えば、善意ある好戦論者である燃料屋のおじさんの存在にちょっと興味を引かれたけれど、描き方がちょっと中立的過ぎるため、観客に対する明確なメッセージにはなっていなかったと思う。

ということで、以前、ネット上で“戦争は外交の手段の一つであるから、認められて当然”という三段論法にもなっていないような意見を目にしたこともあり、まあ、その意味ではこういった戦時中の庶民の苦しみを繰り返し描くことも必要なのかも知れないけれど、俺としては加害者としての日本人の姿をきちんと描いた作品もあってしかるべきだと思うんだけどねえ。