水滸伝(二)

四大奇書あるいは五大小説の一翼を担う」中国古典長編小説の二巻目。

前巻を読んでいてちょっぴり不満に思ったのは、「ヒーローがめまぐるしく入れ替わり、誰が物語全体の主人公になるのか皆目見当がつかない」という点だったのだが、この巻では前半は武松、後半は宋江と役割分担が明確になっており、正直、ずっと読みやすくなっている。

前半の主役を務める〈行者〉武松はまだ20代の若者であり、巨大な人食い虎を一人で退治してしまうほどの豪傑。その一方で、生まれつき虚弱体質の兄を思いやる優しさも兼ね備えているのだが、その優しさの射程は極めて短いようであり、まあ、大酒を飲んでは何かと騒動を起す暴れん坊と覚えておけばそう大きな間違いは無いだろう。

それに対して〈及時雨〉宋江は、この巻の後半のみならず、物語全体の「中心人物」になる人物らしいのだが、外見的には「色黒の小男」であり、武芸の方もからっきし。そんな彼の唯一の武器は「金ばなれがよく義理を重んじ、人の貧苦を助け、人の窮地を救う」という“世評”であり、ピンチに陥った彼をこの評判を耳にしたことのある好漢が救出するというエピソードがくり返し登場する。

まあ、言うなれば水戸黄門の印籠みたいなものであり、彼が名乗っただけで皆さん“ははぁー”と平伏してしまうのだが、実はこの巻の最後を飾る第42回でその秘密が明かされており、彼は「もともと大羅仙(最高の上天の仙人)だった」らしい。つまり、物語の最初で地底から解き放たれた「108人の魔王」の中の最上位者だった訳であり、それを前世の記憶として受け継いでいる好漢たちにしてみれば、彼に頭が上がらないのは当然のこと。

しかし、宋江自身、「魔心がまだ断ち切れず、まだ修行して悟りの境地に達しておられない」状態らしく、彼を罪に陥れようとした者に対しては「あのスベタを殺さんかぎり、この胸くそのわるさはすっきりせんぞ!」、「黄文炳の野郎をぶっ殺して、この宋江のためにこの尽きせぬ怨みを晴らしていただきたい」と全く容赦することを知らない。

その一方で、「きみに朝廷に帰順する心がある以上、天も必ず助けてくれるだろう」と武松に諭すような常識人であり、梁山泊の一味に加わる動機も「今、これほどの大罪を犯し、二つの州城を騒がせた以上…梁山泊に上り兄貴に身を寄せるほかありません」といった消極的なもの。まあ、そんな聖人君子らしからぬ“未熟さ”も彼の魅力の一つなんだろう。

ということで、登場人物の数もどんどん増え続けているのだが、弓の名手である花栄、神行法の達人である戴宗、二挺の斧を振り回す李逵、水中戦にめっぽう強い張順といった具合に個性的なキャラが多いので、メモを取りながらではあるが何とか読み進めることが出来ている。梁山泊に集結した好漢はまだ40人だが、さて次の巻ではいったい何人まで増えるのでしょうか。