1987年8月に亡くなった澁澤龍彦の遺作となる長編幻想小説。
この人も昔から読んでみたいと思っていた作家の一人なのだが、多作のせいもあってどの辺りから手を付ければ良いか皆目見当がつかない。そこで比較的作品数の少ない小説分野に的を絞ってみたところ、何と長編小説と呼べるのは本作だけということが判明し、早速読んでみることにした。
さて、長編とはいうものの、実際は、儒艮、蘭房、獏園、密人、鏡湖、真珠、頻伽という何やら魅惑的なタイトルの付けられた7章から構成されており、連作短編集と呼んだ方が適当かもしれない。内容は「高丘親王の日本から天竺に至る七つの夢幻譚」であり、67歳の老僧である主人公が天竺を目指して中国の広州を出港するところから話は始まる。
作者が幻想文学の大家ということで、旅に出た主人公の一行は、人語を話すジュゴンや大蟻食い、鳥の下半身をした単孔の女、芳香を放つ鞠のような糞をひる獏、男根に鈴をつけられた犬頭人等々、奇妙奇天烈なキャラクターと遭遇することになるのだが、そもそも主人公が天竺を目指す動機は“仏法を究める”といった高尚なものでは無く、8歳の頃に添寝をしてくれた“希代の悪女”藤原薬子への思慕の念。
実は、本作の主人公である高丘親王には実在のモデルが存在し、薬子を寵愛した平城天皇の第三皇子というのがその人物。薬子の変(810年)の責任を問われて皇太子の地位を廃せられた後、出家して弘法大師の十大弟子の一人になり、862年に入唐。そして865年に67歳で天竺を目指して広州を出発したというのも本作の内容ときれいに一致している。
勿論こちらは小説なので、主人公の“薬子への思慕の念”というのも作者の奔放な想像力の産物なのだが、それには少々(?)エロチックな記憶が付随しているらしく、それを反映した「蘭房」の単孔の女(=天竺のバラモンの説く房中術の理論において極めて高く評価されているらしい。)や「獏園」で獏を愛撫するパタリヤ・パタタ姫の描写等は(最上の意味で)かなりイヤらしい。
そして、そんな雰囲気を一変させてしまうのが「鏡湖」であり、「そこに顔がうつらなかったときには、そのひとは一年以内に死ぬといういいつたえ」のある洱海で自らの死期の近いことを悟った主人公は、続く「真珠」で「病める貝の吐き出した美しい異物」を飲み込むことにより、死の病に取り付かれてしまう。
このあたりの展開はもう一つの“史実”に基づいているそうであり、それは本作を執筆中に明らかになった作者自身の下咽頭癌。飲み込んだ真珠が喉につかえて嗄声しか出せなくなった主人公は、気管支切開で声を失ってしまった作者の化身でもあり、その最期を描いているのが最終章の「頻伽」。
そこで主人公は、「薬子の残忍のいろ」を受け継いだパタリヤ・パタタ姫の勧めに従い、「羅越と天竺のあいだを渡り鳥のように往復して、けっしてほかの土地へはみだりに足を向けない」という「虎にみずからすすんで食われ、虎の腹中に首尾よくおさまって、悠々として天竺へ乗りこむ」ことを決意、実行するのだが、Wikipediaによるとモデルになった方の高丘親王にも“羅越国で…虎の害に遭ったという説”があるそうであり、結末もしっかり史実を踏まえていることがよく分る。
そればかりか、この「頻伽」が文學界の1987年6月号に掲載されて間もなく、作者は頚動脈瘤の破裂によって亡くなってしまう訳であり、このへんの虚実入り乱れた万華鏡のようなストーリーには思わず目眩を起しそうになる。作者の享年は59だが、出来れば高丘親王と同じくらい生きのびて、こんな魅力的な“長編小説”をもっと沢山書いて欲しかった。
ということで、周囲から“みこ、みこ”と呼ばれていた本作の主人公は、死ぬまで子どものような瑞々しい精神を忘れなかった人物であり、まあ、悪く言えば年甲斐もなくかなり幼稚なところが残っている。しかし、本作に溢れているイメージの豊穣さはこの幼さ無しには得られなかった筈であり、おそらく作者自身もそれを共有していたのだと思います。