市民主義の立場から

1991年に出版された久野収の評論・エッセイ集。

「思想のドラマトゥルギー」を読んで以降、何か久野収の著作を読んでみたいと思っていたのだが、例によってどの本から手を付ければ良いのか皆目見当がつかない。Wikipediaによると「いわゆる『主著』と呼ばれるものがない」ものの、「久野を理解するキーワードは『市民』であると言われている」そうであり、とりあえずその言葉がタイトルに含まれているこの本を読んでみることにした。

さて、本書には6つの「市民の問題を扱った評論、エッセイ」が収められているのだが、その中で一番長いのが冒頭の「マハトマ・ガンディー ―もう一つの伝記―」。そこでは“インド独立の父”として知られる彼の活動の原点となった南アフリカでの“サチァグラハ運動”の実態が詳細に紹介されている。

“サチァグラハ”の「語根的意味は、真理の堅持、したがって、真理の力」であり、歴史的には1906年9月11日に開かれた全インド人大会における“誓約”がその出発点。トランスバール政府がインド移民に押し付けようとした「人相と指紋つきの新登録証明書」に反対する彼らは、「この法律への不服従を神の名にかけて厳粛に誓約」し、それに対する懲罰は甘んじて受けることを決意する。

すなわち、この運動に参加する市民的抵抗者が「国家の法律にいつもはしたがっているのは、制裁をこわがるからではなく、法律が社会全体の幸福に役だつと考えるから」であり、「あるいくつかの法律がたいへん不正であって、それに自分をしたがわせることが、不名誉だとしか考えられない場合」には、「彼は、法律を公然と市民的にやぶり、法律をやぶった刑罰をしずかにひきうける」ことになる。

また、サチァグラハ運動の過程が必然的に非暴力と結びつくのは、「だれも絶対的真理を把握したものはなく、自分の把握した真理がつねにまちがいの可能性にさらされている以上、自分が真理と信じるものを、他人に暴力的、権力的におしつけることは、真理への裏ぎりをまねくから」であり、個人主義や寂静主義を拠り所とする“受動的抵抗”運動とははっきり区別されなければならない。

結局、ガンディーが指導した南アフリカでの運動は、「南ア政府が最後になって発揮した正義の精神」のおかげもあって、成功裏に幕を閉じることになるのだが、その勝利の要因の一つになったのは「光栄あるイギリス憲法」の精神であり、それ(≒真理)を尊重しようとする「人間性への無条件の信頼こそ、この運動のただ一つのよりどころ」だったとのこと。

我が国の市民運動を考えるとき、このサチァグラハ運動から学ぶべきことは多々あるのだろうが、少々気になるのはこの南アフリカ政府が発揮した“順法精神”なるものが現在の我が国政府内でどれくらい尊重されているかという点であり、解釈改憲も厭わないという不誠実な政府に対しては「人間性への無条件の信頼」を唯一の拠り所とするサチァグラハ運動は十分な効果を発揮し得ないのではなかろうか。

次の「『市民的自由』と『市民社会』をどう定着させるか」という文章は、著者の75歳の誕生日に当たる1985年6月10日に行われた講演会の記録であるが、「本来、参加者間相互の等価交換、平等的つきあいを実現するはずの世界市場が独占の形成と同時に、分割支配の場にまで後退してしまい、自己の独占市場を守るために夜警国家がだんだん独占の過程とくっつくことによって、行政、管理国家とか、あるいは軍事国家、戦争国家になっていく」という状況認識は、とても明快で素人にも理解しやすい。

このような状況下において著者が指摘する「市民的自由」の一つのあり方が、「捨てる自由、もっと強くいえば、欲望そのものを内部から浄化し、空だと感じさせて、内部から消滅させてしまう。放棄する自由、身を捨てる自由、あるいは世間からドロップアウトする自由」であり、「専制国家であり、身分国家であったために、万人が市民的自由を獲得する見込みが絶望的に少なかった」ところの「アジアの伝統のなかには深く生きつづけている」とのこと。

そして、ヨーロッパ的な「獲得するための市民的自由と、放棄、身を捨てる、ドロップアウトする市民的自由と、ぼくのようなほどほどに自足しようとする自由の三つがあって、それらをどう生かすかが、われわれ、市民の知恵、見識」ということになるのだが、まあ、「自治と責任をともなう自由よりも、(政府や圧力団体や有力者の)保護のもとに、国力なり民力なり、自分の財産なりを拡張する方が大好き」な日本人には、最初からあまり関係ないことなのかもしれないね。

ちなみに「個人エゴイズムを発揮させながら生きつづける集団エゴイズムに対して持続的に抵抗できるためには、そうするほうが精神衛生によい、つまり気持がよいところまでいかなければうまくいかない。…正義や人道の立場からする抵抗はその立場がくずれ去った場合、眼もあてられない惨状を呈しがちである」という指摘が印象に残った。

3番目の論文は「危険な管理ファシズムの進行 ―歴史の論理と現代―」であり、戦前の「強制ファシズムは、経済恐慌を戦争と戦争経済によって切り抜ける方向へ追いやられた後進資本主義国の強制独裁体制であった。…資本主義と市民的民主主義を制度的に保証する結果をもたらした市民革命の革命独裁の時期をもつ余裕もなく、国家機関が資本主義を上から急激に進行させ、国家資本主義的色彩に最初から強く色どられていた後進帝国主義の恐慌切り抜け体制であった」という総括は、やはりとても明快で分かり易い。

しかし、こういった「ファシズムのおぞましさ、残忍さ、暗さの先例は、市民反乱、市民革命にすべて出そろっているのであり、指導者だけが残忍で、おぞましかったというよりむしろ、大衆の方がそれによってしかいやされない何かに深く苦しめられていた」という指摘は貴重であり、「市民革命は、一般的幸福、幸福の平等を目標としながら、現実には特殊的幸福、不平等の幸福しか実現できない」とその限界を率直に認めている。

市民革命が「基本的人権と市民的自由の形式的勝利を民主主義的憲法、その他の制度として生み落とした」ことは評価されてしかるべきであるが、そもそも「財産権を中心とする基本的人権と市民的自由は、この企業家階級の致命的利害(=市場における自由競争と交換を確保する。)と深く結合していたからこそ、憲法に保証され、民主主義的制度として定着した」に過ぎない。

そのようにして生まれた「国家は、企業家階級にとっては、めいめいの特殊利益を内外の侵害(=長時間労働に従事する労働者や非人間的抑圧に苦しむ植民地・後進地域の大衆による反乱)から守る聖なる防壁であり、被支配大衆にとっては、めいめいの特殊利益の大部分を犠牲にしなければならない全体の象徴」であり、「ファシズムは資本主義的市民社会の例外的鬼子であるのではなく、非常時に見せる一つの顔にすぎない」。

現在の「管理型産業社会はたしかにファシズム社会とちがって、価値の多元化と選択の自由が認められているようにみえる。…しかしそれにもかかわらず、このような選択の自由を現実に許容されているのは、経済的余裕と政治的特権にめぐまれた少数の特権層にすぎない」訳であり、「労働者と小市民から成る被支配大衆の価値判断を上から決定するのは…巨大企業を中心とする支配層の自己保存、自己拡大の意志である」。

「この(企業の私的性格の)後退にもかかわらず、企業の公的意味に眼をつぶったままで、都合のよい場合だけ、私企業の名に逃れるとすれば、この欺瞞をこえるために出て来なければならないのは、企業の民主化、社会化」であり、その方法の一つとして著者は「企業の生産する商品やサービスの消費者の側からするコントロール」を挙げているのだが、この文章が書かれて以降、企業の巨大化は加速度的に進行しており、もはや市民運動のレベルで企業に対抗することは不可能なのではなかろうか。

残りの「生活市民の原理をうちたてよう」、「市民主義の成立 ―一つの対話―」そして「イメージの哲学とレトリックの時代」はいずれも比較的軽めの内容であり、「私にいわせれば、年収1200万円以上は個人の家計ではいらない。個人の所得における不公平さは、いまや非人道的でさえある。だから家計のためには1200万円以上は当分とらない。そこから生み出された余裕を、不況によって苦しめられている人々、中小企業の労働者たちに還す方法が考えられてよい」という主張を公約に掲げるような政党は出て来ないもんだろうか。

そして、最後の「あとがきの言葉」で、著者は「今日、われわれ市民は、上から支配する特権的政治家層や大官僚層を最小限にする自治市民社会をどのように造り出し、どのように拡げていくかの問題に直面している」と本書に込められた問題意識を表明するのだが、そんな自治市民社会の実現がますます困難になりつつあることは彼自身の言葉に如実に現われている。

すなわち、「市民は生活者的側面、職業人的側面、遊民的側面を内包して、はじめて市民でありうる」のだが、欧米とは比較にならない程の長時間労働は「職業と生活との分離」を困難にし、就職氷河期の経験やまやかしの“女性の社会進出”(=女性を安価な労働力として利用しようとするだけの政策)は、多くの学生や主婦層から「遊民的側面」を奪い去ってしまった。

その結果、後に残されたのは日銭を稼ぐのに汲々とする貧しい大衆であり、「指導者信仰は、大衆の個人的無力感の逆表現であり、指導者の大衆操作は、大衆をますます個人的無力の状態に追いこみ、大衆の指導者へのイデオロギー的同化が、バラバラでは無力な大衆個人に大きな力の感覚をあたえ、この力は内敵、外敵への勝利の意志と不断の警戒として発揮される」という指摘ばかりが現実的に感じられてしまうのは、何とも困ったことである。

ということで、とても率直で頭の良い人なんだろうなあというのが著者に対する印象であり、文章も分かり易くてとても勉強になる。残念ながら20年前に亡くなられてしまった故、辺野古の新基地建設問題等に対する助言を期待することは出来ないが、彼の文章を読むことは「精神衛生によい、つまり気持がよい」ことなので、また別の本を読んでみようと思います。