松本清張全集1

長編2編(「点と線」、「時間の習俗」)と短編集(「影の車」)を収録。

“リタイアしてから読む作家”シリーズの第3弾ということになるのだが、松本清張に関してはノンフィクション作品も含めてじっくり腰を据えて読んでみたいので、いろいろ迷わずに済む全集を選択。つまらなかったら「点と線」だけ読んでお茶を濁すという考えも無かったではないが、幸い収録されている作品はどれもとても面白かった。

さて、「点と線」は著者にとっての最初の長編推理小説であり、東京駅の13番線ホームから15番線の《あさかぜ》が見える“空白の4分間”を利用したトリックはあまりにも有名。正直、被害者2人を恋人同士に見せかけるためなら、他にもっと簡単な方法があったように思うが、あえてこの方法を採用したことは犯人の歪んだ自己顕示欲を如実に現しており、あまり出番の多くない彼女の性格に不気味な影を付与している。

その続編である「時間の習俗」は、トリックだけなら「点と線」よりずっと複雑であり、お話としてはとても良く出来ていると思うのだが、解説の平野謙の言うとおり、犯人の目星を付ける過程が「充分にリアリスティックとはいいがたい」のは事実だろう。また、当時のカラー写真の現像方法や電車の定期券の利用法等が現在と大きく異なっており、今ではもうトリックとして成立しないところがちょっと残念かなあ。

最後の「影の車」には7話の短編が収められており、いずれも「婦人公論」に連載された作品ばかりということで、あまり肩の凝らない軽めのストーリーが並んでいる。作品的には「潜在光景」と「鉢植を買う女」が優れていると思うが、昭和30年代の登山の様子が描かれている「万葉翡翠」もなかなか興味深かった。

まあ、比較的初期の作品が収録されているせいか、全体的にストイックな雰囲気が強く感じられたところであり、長編2編について言えば、その内容のほとんどが「アリバイ破り」のためだけに費やされているっていう印象。“社会派推理小説”といわれる割には、事件の背景となっている汚職事件への言及なんかは意外なほど控え目なんだよね。

ということで、解説で触れられている「下積みのものの敗亡の声」なんかはあまり聞こえてこなかったような気がするが、まあ、そのへんは全集の2巻目以降に期待したいところ。とりあえず、松本清張の作品がとても面白いものであることが分かっただけでも大きな収穫であり、当分、読むものに不足することは無さそうです。