今日は、妻&娘と一緒にスタジオジブリ出身の米林宏昌監督の新作「メアリと魔女の花」を見てきた。
宮崎駿の(今のところの?)最後の作品である「風立ちぬ(2013年)」が公開されてから早や4年、そろそろスタジオジブリらしい新作が恋しくなってきたところに突如現れたのがこの作品。予告編を見た限りではあまり食指は動かなかったのだが、妻からのリクエストを無下に断る訳にもいかず、まあ、お手並み拝見的な気分で映画館へ。
さて、ストーリーは、“夜間飛行”という花の持つ不思議な力によって即席の魔女になった主人公が、魔法大学の進めるある計画に巻き込まれてしまった友人を救うために大活躍するというものであり、「魔女の宅急便(1989年)」と「ウィキッド」を足して2で割ったような話だなあと思いながら見ていた。
しかし、エンドロール等で確認すると、本作にはメアリー・スチュアートという英国の女流作家が書いた小説「The Little Broomstick」という立派な原作が存在するそうであり、俺のパクリ疑惑は全くの見当違い。でもねえ、そんな予備知識を持たずに見た人の9割くらいは本作を宮崎アニメの“模倣”として見てしまうと思う。
その原因は登場するキャラクターのデザインや演出面における宮崎アニメとの共通性であり、“何処かで見たことがあるなあ”というシーンが次から次へと登場する。ただし、ハッキリ言ってしまうとそれこそが本作の最大の魅力であり、まあ、独創性には著しく欠けるものの、おそらく多くの観客が本作に求めていたのもこの“郷愁≒代用品”だったのだろう。
むしろ、個人的に不満だったのは宮崎アニメらしからぬ一本調子のシナリオであり、主人公の少女は「不思議の国のアリス」のアリス同様、次々に繰り広げられる非日常的な展開を何の躊躇いもなく素直に受け入れてしまう。まあ、原作がどうなっているのかは知らないが、ここは宮崎アニメらしく主人公の葛藤と成長をきちんと描いて欲しかった。
ということで、もう一つ疑問に思ったのは本作の主人公が自分の赤毛をコンプレックスにしているらしいこと。確かにジョン・フォードの西部劇には、モーリン・オハラ演じるヒロインの赤毛が女らしからぬ“勝ち気”の象徴として揶揄されるシーンがあったように思うが、そのへんの感覚って今でも残っているものなのでしょうか。