樅ノ木は残った

“リタイアしてから読む作家”シリーズの第2弾は山本周五郎

青べか物語」とどちらにするかちょっと迷ったのだが、まあ、時代劇っぽい方がより年寄り臭くて良いだろうということでこちらを選択。読み終えるまで知らなかったのだが、本作は江戸時代前期に仙台藩伊達家で実際に起こったお家騒動を題材にしているそうであり、こんなふうに史実を題材にした小説を歴史小説と呼ぶらしい。

とはいっても、本作の主人公である原田甲斐宗輔、通説では藩政を牛耳った奸臣として非常に評判が悪いらしいのだが、山本周五郎はそんな主人公を“御家存続のために敢えて仙台藩乗っ取りを企む伊達兵部宗勝の仲間に加わったと見せかけていただけ”と捉え直し、嫌われ役を買って出た忠臣として描いている。

勿論、この解釈のどちらが正しいのかは分からないが、本作の原田甲斐は悪役である伊達兵部の傍若無人な振る舞いにただ堪え忍ぶばかりであり、朝廷や幕府の重臣に対して御家存続のための働きかけを開始するのがあまりにも遅すぎる。まあ、多くの読者にとってみればこの堪え忍ぶ姿の“美しさ”こそが原田甲斐という人物の魅力なのだろうが、正直、彼はこういった多数派工作が必要になる役には向いていなかったように思う。

また、これも時代劇という性格上仕方がないことなのだろうが、若者に対して無駄死にをすることの愚かしさを説く一方で、結局、塩沢丹三郎や伊東七十郎、中黒達弥等の悲劇的な末路を美化してしまっているところが気に掛かる。唯一、武士の身分を捨て芸の道に生きていこうとする宮本新八というキャラも登場させているが、二枚目そのものといった感じの塩沢丹三郎に比べて宮本新八の位置はせいぜい二枚目半というところであり、誰が見ても前者の方が断然カッコいい。

ということで、TVドラマの「水戸黄門」もどきの設定が登場するなど読者サービスは満点であり、最後まで楽しく読み通すことができたのだが、とりあえず時代劇ものはこれでお腹一杯。次は「青べか物語」を読んでみるつもりです。